新時代のマネー戦略

ムダな保険を選ばない人の思考法 「加入していなければ人生が終わる」

井上信一

 たとえ短期の入院でもまとまった額の給付金を一括でもらえる「入院保険」や、認知症と診断されたら一定額の保険金をもらえる「認知症保険」、ケガや病気で働けなくなったらまるで給与等の代わりに保険金をもらえる「就業不能保険」などなど、訴求力の高い保険商品が、毎年のように次々と登場しています。テレビCMや雑誌等で目に触れるたびに、ふと、「自分にも必要なのでは?」と不安に駆られる方も少なくはないでしょう。

 保険期間が比較的短い損害保険なら、期間満了のつど新しい商品に乗り換えることが可能です。一方、いったん契約したら相当な年月加入するのが一般的な生命保険では、新規契約時はもちろん既契約の見直しのタイミングが難しい印象があります。

 ですが、「なぜ保険が必要なのか」という本質的な理由と、「安心できる家計を営み続けるため」という当たり前といえば当たり前の切り口から考えていけば、保障(補償)設計は 意外と単純なものです。

ヒントは企業のリスクマネジメントにあり

 私たちの家計の保障(補償)を考えるにあたり、そのヒントになるのが、企業の事業活動におけるリスクマネジメント論です。そのキホンの「キ」を参考にしてみましょう。

 事業活動では「ゴーイングコンサーン(Going Concern)」、つまり事業を継続し続けることが重要な仮定です。そして、それを阻むいくつもの「想定外の事態(本稿ではイメージしやすく“リスク”で統一します)」が潜在的に存在し、そうしたリスクに対する打ち手を備えておくことが不可欠です。この打ち手として具体的にどのような手段で行うのかの優先順位を決めるために、考え得るリスクを洗い出し、そして個々の評価を行います。

 上図は、事業活動におけるリスクの評価方法を単純化したもので、リスクの発生確率(顕在化する確率)と、仮に顕在化した際に被る損害額の大きさにより、4つのマトリックスに分けて合理的と考えられる打ち手を示しています。

 時計回り順で簡単にみていきます。まずAの 領域にプロットされるリスクは、そもそもそれが生じないよう未然に防ぐ(行動自体の回避)ことを最優先に、少しでも発生確率を減らす工夫(予防)や発生した場合の損害を減らす工夫(軽減)等を行い、A以外の領域への低減化を検討すべきリスクです。Bの領域も概ねこれに準じます。

 しかし、すべてのリスクに対し行動(事業活動や日常生活)を制約していたのではキリがありません。そこでCの領域に該当するリスクはいわば「目をつむり」、いざ生じた際には貯蓄等の自己負担で賄えばよいと割り切って考えるリスクです。

 そして最後のDの領域では、一定の軽減を図ってCの領域への低減化を講じつつも、いざリスクが顕在化すると貯蓄等では到底カバーしきれないゆえ、その甚大な損害額を貯蓄等以外の他者からの補てん(移転・転嫁・リスクヘッジ)で準備しておくのが合理的手段となっています。

 「確率は低いが、顕在化したら損害が甚大になるもの」に備える事業活動のように緻密に数値化して評価することは難しいものの、家計の保障(補償)設計についてもこうした評価方法で考えていけば、自ずと答えがでてきます。

 生命保険も損害保険も、補てんする金額(保険金額)が大きくなるほど、また、そのリスクが起こる確率が高くなるほど、その費用である保険料が高額になります。そして、すべてのリスクに対し保険商品で賄うには限界があるでしょう。

 よって、保障(補償)設計においては、上図のDの領域を優先すべきといえます。つまり、滅多には起こらないかもしれないけれどそれが起こったら家計を根底から崩す可能性の高いリスクです。

 ただし余談ですが、人の身体や生命に係るリスクは年齢とともに高まりますので、Aの領域に差し掛かると既に保険料は相当高額になっており保険に入ることは現実的には難しくなります。しかし、往々に健康を害して人ははじめて保険商品を意識するものです(この傾向を保険用語で「逆選択」思考といいます)。

 よって、保険期間中は保険金額の増額をしない限り保険料が上がることはないので、なるべく若い頃や健康なうちに保険に加入するのがベター(つまり保険料の安いDの領域にあるうちに加入する)といえますが、反面では保険料の払込期間が長くなるほど負担総額も増えるので、悩ましいところです 。

8つのリスクをカバーする際の盲点

 家計におけるリスク(想定外の事態)としては、その経済的な影響から、「想定外の事態で収入が大きく減るか途絶する」、あるいは「想定外の事態で多額の出費が発生する」リスクに分けることができます。

 それをさらに細分すると、およそ以下のように整理できます。

 基本的には、この8つのリスクをモレなくムダなくバランスよく備えるのが理想的なのですが、既に公的保険である社会保障や、企業保障等により準備されている額もあるので、それでも不足すると考えられる額が実質的に家計に及ぼす損害額となります。

 例えば、公的年金保険では、要件を満たせば「(1)死亡(遺族年金)」、「(2)就業不能(障害年金)」、「(3)老後(老齢年金)」を保障しますが、「(1)死亡」や「(2)就業不能」については適用要件を満たさず年金がもらえない場合や、もらえても全く十分ではない場合もあります。

 「(5)医療費用」や「(6)介護費用」については公的医療保険や公的介護保険にて、所得水準や年齢に応じ、かかる費用の9割~7割の現物給付(自己負担が1割~3割で済む)を受けられますが、公的保険の対象とはならない費用も多々あり、実際の自己負担額は高額になる可能性もあり得ます。

 雇用保険や労災保険は基本的に会社等にお勤めの方でないと加入できませんし、企業保障等についても就労環境や勤め先によって大きく変わることでしょう。

 また、家族構成や自身のライフステージが現在どの位置にあるのかにより必要度合いや事情は変わってきます。例えば、経済的に扶養すべき家族がいなければ「(1)死亡」への備えは深刻ではありませんが、扶養家族のある場合、自身の「(1)死亡」への備えは何歳になっても 、同時に遺族の「(3)老後」の備えに繋がります。

 働いている間は「(2)就業不能」への備えが「(6)介護費用」への備えと往々に被るので、同時に準備する優先度は低くても差し支えはないともいえます。保障(補償)がいつまで必要なのか、いつから本格的に必要なのか、という観点も忘れずにいたいところです 。

 このようなチェックを踏まえた上で、「滅多には起こらないかもしれないけれどそれが起こったら家計を根底から崩すリスク」から優先して保障(補償)設計を再構築するのが合理的発想といえるでしょう。

 それが何なのかは個々によって異なるやもしれませんが、少なくとも、こうしてリスク面から考えていけば、単体の保険商品ありきで必要か否かを漠然と検討するよりも、はるかに必要度合いの優先順位の根拠が明確になるのではないでしょうか。

「死亡」に片寄っていないか 保障・補償のモレに注意

 このように考え、改めて現在加入している保険を顧みると、無意識のうちに「(1)死亡」への備えに偏重していることを確認できる方は少なくありません。備えが過大であることが額面通りムダとはいえませんが、その結果、他のリスクへの備えにモレがあるのならば、それは重大な問題となります。

 ライフプランも日々の家計のやりくりも、いま得ている収入が続くことが前提で成り立っており、この大前提が崩れると家計はたちまちに崩壊してしまいます。

▼「死亡」か「就業不能」か

 例えば、主たる生計者の「(1)死亡」と「(2)就業不能」のリスクを、その後の家族の収入と支出がどうなるかで比べてみると、経済的には「(2)就業不能」の方がより深刻になり得る可能性の高いことが懸念されます。収入が途絶するのは同じでも、かかる支出が異なるので当たり前のことです。就業不能を保障する社会保障や企業保障等は期待以上に厚くはないことも踏まえると、「(1)死亡」に費やしている一部でも「(2)就業不能」への備えに充てることも検討する価値があるでしょう。

▼「損害賠償」のリスクは本当にないか

 また、身に降り注ぐ損害額が最も甚大になり得るリスクとして、最悪の場合は億単位近くの額にも及ぶ可能性のある「(8)損害賠償」が挙げられます。日常生活において他人に対する損害賠償責任を負う可能性は滅多にないとしても、いざそれが起こると一瞬にして生活は崩壊します。自動車はもちろん、昨今では自転車を日常的に運転される方はこのリスクへの備えへの意識が高いと思われますが、そうでない方の誰にでも、そして生涯に渡り、このリスクへの備えは必要といえるでしょう。

保険は「費用面」と「収入面」の両方から同時に考える

 家計において保険料の負担とは出費のひとつであり、とかく節約できる支出の対象になりがちです。

 懸念されるリスクへ備え、そして必要となる保険期間や保険金額を踏まえた上で、少しでも保険料が割安な保険商品を求めることは間違いではありません。ですが、そもそも保障・補償するリスクのカテゴリーが異なる保険商品を比較し、割安だから選び、割高だから選ばないという選択基準は正しいとはいえません。これは保険を保険料という費用の側面からしか考えていない証です。

 他方、保険を保険金や給付金という収入の側面からしかみていないケースも多々あります。せっかく加入したのだから、とかく将来的に保険金や給付金をもらえる 機会の高そうなものを選び、そうでないものは避ける傾向があります。

 このように「費用面」と「収入面」とを都合よく片方しかみるのではなく、両面を同時に考える姿勢が求められます。

 優先すべきは、保険金等を受け取る際に「加入していてラッキー」と感じる程度のものでは決してなく、「加入していなかったら人生が終わるところだった」と痛感するものであることは間違いないでしょう。

井上信一(いのうえ・しんいち) ファイナンシャル・プランナー CFP(R)認定者
価値生活研究室 代表
10年強に渡るFP事業会社等での経験を経て2010年に独立。以来、「誰でもライフプランに基づくキャッシュフローを自分で作れる世の中へ。FPの仕事はその先」をモットーに、企業や労組の福利厚生支援やセミナー・個別相談・情報発信等に従事。主な著書に「保険設計ベスト事例集」(きんざい)等。また、地域の権利擁護事業を通した福祉活動も活発におこなっており、成年後見人としても受任中。

【新時代のマネー戦略】は、FPなどのお金プロが、変化の激しい時代の家計防衛術や資産形成を提案する連載コラムです。毎月第2・第4金曜日に掲載します。アーカイブはこちら