新線探訪記

"社運をかけた大事業" 相鉄・東急「新横浜線」開業で何が変わるのか

SankeiBiz編集部

 首都圏の新線計画が大きく動き出している。「陸の孤島」とも呼ばれる鉄道が走っていない地域に新たな路線が開業すると、その街の景観は一変する。2005年に開業した「つくばエクスプレス」(TX)沿線では、マンションや商業施設建設などの大規模開発が続き、地価の上昇につながった。新線の開業によって街や人の流れはどう変わっていくのか。鉄道の新路線が計画されている現場を訪ねる「新線探訪記」。1回目は2022年度下期に開業予定の相鉄・東急直通線(相鉄新横浜線・東急新横浜線)をレポートする。

新線開業と街づくり

 東急東横線・目黒線と横浜市営地下鉄グリーンラインが乗り入れる日吉駅(横浜市港北区)。慶応大学日吉キャンパスのイチョウ並木に向かって右手、綱島街道をしばらく進むと、東横線の上り線と下り線の間から地下へと潜っていく線路と坑口が見えた。「シールドマシン」と呼ばれる円筒状の大型掘削機で、住宅地の下を横切るように掘り進む綱島トンネルの建設現場だ。

 「開通に向けて工事は順調に進んでいます。新駅ができますので、今後は駅周辺の開発にも力を入れていきます。魅力的なビジネスチャンスになればと思っています」と東急電鉄の担当者。東急の実質的な創業者、故五島慶太氏が「総合的な経営で沿線開発を進める」との方針を打ち出して現在の東急グループの礎を築いたように、新線開業と街づくりは今も切っても切り離せない関係にある。

 相鉄・東急直通線は、日吉駅と相模鉄道(相鉄)の羽沢横浜国大駅(同市神奈川区)を結ぶ約10キロの路線。東急が営業する日吉-新横浜(仮称)間が「東急新横浜線」、新横浜(同)-羽沢横浜国大間は「相鉄新横浜線」と命名された。

「社員みんな喜んでる」

 東急が「ビジネスチャンス」と期待する新駅は2カ所に設置される。まず日吉の次の駅、新綱島駅だ。

 すでに新駅の名称は「新綱島」に選定され、駅名から(仮称)の文字が取れた。駅名の公募では新綱島に次いで「綱島温泉」が多かった。「東京の奥座敷」と呼ばれ、多くの旅館が軒を連ねた綱島温泉。現在は旅館に代わって商店や住宅が密集し、駅前は道幅も狭く、慢性的な渋滞が発生している。綱島駅の東側では新駅の開業に合わせて土地区画整理と再開発が行われ、バスやタクシー乗り場も整備される予定だ。

 「相鉄線沿いに住んでいる人は、一度横浜駅まで出て、ブルーライン(横浜市営地下鉄)に乗り換えなければならない。それが一本で行けるわけですから相当便利になるでしょう。相鉄を使っているうちの社員はみんな喜んでますよ」

 そう語るのは、新横浜にある情報通信会社に勤務する横浜市鶴見区の男性会社員(28)。東急線方面から新横浜へ向かう場合、菊名でJR横浜線に乗り換える必要がある。だが、東急線ユーザーよりも不便を強いられてきたのが相鉄線ユーザーだ。例えば、相鉄線の西谷駅と新横浜駅の間は直線距離で6キロ弱だが、鉄道を利用する場合は必ず横浜駅で地下鉄かJR線に乗り換えなければならない。このため、8キロ以上も余分に迂(う)回する必要があった。

 それだけに、相鉄の担当者は「新横浜線には非常に期待しています。乗り換えなしで新横浜へ行けますし、東京へも行ける。利便性が上がります」と声を弾ませた。

 新線の開業で相鉄線の二俣川(横浜市旭区)から新宿までは最速44分で結ばれることになる。そして何より、直通効果が顕著なのが新横浜へのアクセス。大和(神奈川県大和市)-新横浜間の所要時間は現状の約42分から約19分に短縮されるという。開業前の半分以下の所要時間で新幹線に乗れるようになるのだ。

直通用新型車両は「走る広告塔」

 相鉄は長い間、神奈川県内のみを走る鉄道だった。首都圏の大手私鉄では唯一、東京都内を走らない鉄道だったためか、「東京での認知度は低かった」(相鉄)。大手私鉄でありながら神奈川のローカル鉄道だった相鉄が、東京へと進出する転機となったのが2019年11月30日。相鉄線の西谷駅とJR東海道貨物線を結ぶ新線約2.7キロを利用した相鉄・JR直通線の開業だった。相鉄・東急直通線も相鉄・JR直通線も、「神奈川東部方面線」として独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)が整備した路線だ。いずれも相鉄と東京を結ぶ路線だが、JR線よりも東急線への乗り入れに寄せる期待の方が大きいかもしれない。

 というのも、現在JR線への直通は朝のラッシュ時でも1時間当たり4本。日中は1時間に2本にとどまる。これに対し、相鉄・東急直通線では朝ラッシュ時に1時間当たり10本~14本程度の運行が予定されている。その他の時間帯も4~6本程度確保されており、輸送量の差は歴然だ。JR線直通は全列車10両編成なのに対し、東急線直通は10両編成と8両編成が混在するため単純な比較はできないが、およそ3倍の開きがある。

 「乗り入れ用の新型車両は走る広告塔です。都心を走る銀色の電車の中で目につくように塗装を施しました。『あの電車、どこの電車だろう』って、東京の人にも相鉄に興味を持っていただければと」

 相鉄の担当者が胸を張る相鉄・東急直通線向けの新型車両20000系。横浜の海を再現したという「ヨコハマネイビーブルー」と呼ばれる濃い藍色の車体が、確かに目を引く。すでにJR線への乗り入れ用車両として同色の12000系が投入されており、新宿駅や渋谷駅などでは、JRの銀色の車両の中で異彩を放っている。相鉄のデザインブランドアッププロジェクトの一環で導入された車体カラーは「若い女性やお母さんも写真を撮るほど」(相鉄)好評を博しているようだ。

鉄道はあっても駅はない"空白地帯”

 鉄道は通っているのに「陸の孤島」と呼ばれていた地域がある。横浜市神奈川区の羽沢地区だ。東海道新幹線とJR東海道貨物線が通っているのだが、いずれも駅が設置されていなかったためだ。正確には「旅客駅」がなかったというべきで、コンテナ貨物を取り扱うJRの横浜羽沢駅はあった。その“旅客駅空白地帯”に待望の旅客駅が誕生したのは2019年11月。相鉄・JR直通線開業に伴い、羽沢横浜国大駅が設置された。

 新横浜駅から羽沢横浜国大駅へはバスでも向かうことができるが、鉄道を利用すると相当な大回りを強いられる。まず地下鉄で横浜駅へ向かい相鉄本線に乗り換え。さらに西谷駅で相鉄・JR直通線の電車に乗り換えなければならない。

 「毎日、(東京の)大崎から電車で通っていますが、30分に1本くらいしかなくて、利用者も少ないから空いていますよ。まだ駅付近にはほとんど店もありませんし、ちょっと穴場すぎるんじゃないですかね」

 1年前に開業した羽沢横浜国大駅前に店舗を構えるアメックス不動産の担当者は冷静だった。利用者が多くないとはいえ、日中は1時間に2本。相鉄・JR直通線の開業効果は限定的のようだ。

 それでは、相鉄・東急直通線の開業は羽沢地区発展の”特効薬”になるのか。物件価格は上昇傾向といい、駅前にドラッグストアもオープンする予定だというが、担当者は「地域活性化は横浜市次第では」と指摘する。駅周辺は市街化調整区域に指定されているといい、「既存の宅地では建て替えはできても、新規で家を建てることができない」ためだ。

社運をかけた大事業が成就する日

 相鉄・JR直通線の電車は各駅停車であっても、羽沢横浜国大から武蔵小杉まで約15分間もノンストップで駆け抜ける。京浜東北線の鶴見駅や横須賀線の新川崎駅付近を通過するものの、いずれもホームはない。東急東横線・目黒線よりも海側の鶴見駅付近を迂回するコースのため、ちょうど三角形の二辺をたどるイメージとなり、少し遠回りしている印象を受ける。一方の相鉄・東急直通線線は三角形の長辺をそのまま進むイメージがあり、実際、直通運転による短縮効果も大きい。

 新線の現状や将来を分析した「首都圏鉄道事情大研究 将来篇」の著者で鉄道評論家の川島令三さんは「相鉄沿線の人口はどんどん下がっていました。神奈川東部方面線という新線の計画は昔からあり、相鉄にとって社運をかけた念願の大事業でしたが、当初は東急が全然動かなかったので、相鉄はJRと交渉を進めたという経緯があります。すると慌てた東急の方も動き出し、ついに相鉄・東急直通線も開業する運びとなったというわけです」と話す。

 相鉄の社運をかけた大事業が成就するとき、東海道新幹線やJR横浜線、横浜市営地下鉄ブルーラインと接続する「新横浜駅」(仮称)を軸に、新たなネットワークが構築されることになる。「東京に直結するメリットはもちろん、新幹線にアクセスするメリットはさらに大きい」(川島さん)が、不安材料もあるという。

 「相鉄の羽沢横浜国大駅は『棒線駅』みたいなもので列車の待避設備がありません。運輸障害が発生したときにボトルネックになる可能性があります」と懸念する。他社との相互乗り入れを行っている路線では、乗り入れ先で発生したトラブルが直接、自社路線のダイヤ乱れにつながるというのだ。新線の開業によって利便性が向上し、いいことずくめのように思われる一方、相互乗り入れで鉄道網が広がると、トラブルの影響も拡大する恐れがあるという側面もあるようだ。

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
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【新線探訪記】では首都圏の新線計画が大きく動き出している中、「陸の孤島」とも呼ばれる鉄道が走っていない地域に鉄道が開業すると、街や人の流れはどう変わるのか。SankeiBiz編集部員が現地を訪ね、現状と今後の展望をレポートします。アーカイブはこちら