新線探訪記

下手を打ったら”無用の長物“に? 横浜の知られざる新線「上瀬谷ライン」とは

SankeiBiz編集部

 知る人ぞ知る、というより「知られざる新線計画」と言っても過言ではないかもしれない。横浜市瀬谷区にある相模鉄道の瀬谷駅と上瀬谷地区を結ぶ新路線のことである。途中駅は設置されず、「鉄道空白地帯」の上瀬谷地区のために敷設される路線だが、新駅の建設予定地を訪ねると、そこはどこまでも続く一面の野原だった。いったい誰が利用するのだろう…。「新線探訪記」の2回目は、2026年度の開業を予定している新交通システム「上瀬谷ライン」(仮称)をレポートする。

新駅周辺に人家はなく…

 「駅ができるところ? ちょっと距離ありますよ。海軍道路のところだから」

 上瀬谷地区を散歩していた男性(75)が親切に新駅予定地までの道順を教えてくれた。上瀬谷地区と相鉄線の瀬谷駅を結ぶバスは日中1時間当たり2~3本。新線が開業すれば格段に利便性が向上する。さぞや開業が待ち遠しかろうと思うと、男性は「いやあ、全然。(駅が)できるのは楽しみだけど、そこまでは期待してないですね」と意外な反応。どうも、上瀬谷の住宅街から新駅までは「結構歩かなきゃいけない」ようで、上瀬谷地区の「玄関口」としては必ずしも、利用しやすいわけではないようだ。

 住宅街の中にある「上瀬谷小学校入口」バス停から10分ほど歩くと、すっかり人家はなくなる。一面に広がる田畑は"横浜”にいることを忘れさせる光景だ。上瀬谷駅(仮称)ができるという予定地は草地の野原。道路沿いの看板には「上瀬谷農業専用地区」と書かれていた。

 農作業をしていた50代の男性に「この辺に上瀬谷ラインができるようですが」と声をかけると、「『花博』が開かれるので、そこを訪れるお客さんを輸送する手段としては必要。でも地元の人は車を持っているでしょ。あまり使わないでしょうね」とにべもなかった。やはり地元住民にとって利用しづらい路線なのだろうか。もっと住宅街に近い場所に新駅を設置してもよさそうなのに、なぜ離れた場所に建設されるのか。それには、男性が話していた「花博」が関係している。

 何もない野原の正体は米軍の旧上瀬谷通信施設の跡地で、2027年に開催される国際園芸博覧会(花博)の会場となるのだ。上瀬谷ライン(仮称)は花博前の開業を目指しており、来場者輸送を担う予定になっている。通信施設は1945 年に米軍により接収され、2015年6月に全域が返還。瀬谷区と旭区にまたがる跡地は約 242 ヘクタール(ha)と広大で、返還後ほぼ手つかずの状態だったが、その跡地の一部が花博の会場として整備されるという。一帯は関係者以外立ち入り禁止となっており、跡地の中の様子をうかがうことはできないが、「一般車進入禁止」を伝える看板には「在日米海軍」の文字も見えた。

 横浜市の環境影響評価方法書によると、上瀬谷ライン(仮称)は相鉄線の瀬谷駅付近から幹線道路の環状4号線に沿って北上し、上瀬谷地区に向かう計画で、終点の上瀬谷駅(仮称)の先には約5.1haの車両基地を建設する。

 米軍施設の跡地で開催される国際園芸博覧会は、最高クラス「A1」の博覧会と位置づけられている。日本では1990年にアジアで初めて大阪で開催された「国際花と緑の博覧会」に続く開催で、主会場は80~100ha。1500万人以上の来場者を見込んでいる。2005年の愛知万博(愛・地球博)では、磁気浮上式リニアモーターカーの新都市交通システム「リニモ」が万博輸送を担ったように、花博では上瀬谷ライン(仮称)がその役目を果たすことになる。

「ゆりかもめ」を凌ぐ輸送力

 横浜市上瀬谷交通整備課の担当者は「事業化はまだ決定はしていませんが、花博開催前の開業を目指しています。花博の開催後に上瀬谷通信施設の跡地で土地区画整理事業も行います」と意気込む。花博後の「将来のまちづくり」に伴って見込まれる交通需要に応えるため、輸送力や定時性、安定性、建設費などを考慮した結果、新交通システムが選定されたという。

 新交通システムは日本独自の呼称で明確な定義はないが、上瀬谷ライン(仮称)で採用されるのは「自動案内軌条式旅客輸送システム」(AGT)。「新交通システム」と聞いて多くの人が思い浮かべるであろう「ゆりかもめ」(東京)や「ポートライナー」(神戸市)と同じ方式である。ゴムタイヤの車輪を備えた自動運転の列車が専用軌道を走るAGTは、騒音や振動が少なく、鉄のレールの上を鉄の車輪で走る従来の鉄道と比べ、急勾配や急カーブの路線でも走行できるというメリットがあるとされる。

 計画では瀬谷駅(仮称)から幹線道路の環状4号線に沿ってしばらく地下を走行し、施設跡地で地上に出る予定で、総延長は約2.6キロ。終点の上瀬谷駅(仮称)は環状4号線付近にできるとみられる。地元の男性(75)が「海軍道路」と呼んでいた道路だ。その名の通り、かつては軍用道路だった。滑走路として使うことも想定していたのか、約3キロにわたって直線の道路が続く。

 今は人気もまばらな上瀬谷駅(仮称)周辺も、2027年には花博の玄関口として多くの人でにぎわうのだろう。上瀬谷ライン(仮称)の運行計画を見て驚いた。運転本数は朝ラッシュ時に1時間当たり最大36本(上下線)。これは東京の都心臨海部を走る「ゆりかもめ」に並ぶ高頻度運転だ。しかも、ゆりかもめが6両編成なのに対し、上瀬谷ライン(仮称)は最大8両編成。車両の全長はいずれも同じなので、ゆりかもめをも凌(しの)ぐ輸送力を誇る。

「行き止まりでは利用価値なし」

 「ゆりかもめ」が走る東京・お台場も、開発前は荒涼とした埋め立て地だった。今では信じられないことだが、スタントシーンの撮影に使われるほど何もなかったのである。上瀬谷駅(仮称)周辺も、花博後の再開発で一変する可能性はある。

 ただ、再開発計画はまだ具体化しておらず、瀬谷駅で上瀬谷ライン(仮称)と接続する相模鉄道の担当者は「上瀬谷の新交通(システム)についてお話しできることは正直、何もありません。新交通(システム)ができるのであれば、駅が関わることは関わるのでしょうけど」と静観の様子。2020年3月に公表された「旧上瀬谷通信施設土地利用基本計画」によると、跡地では「郊外部の新たな活性化拠点の形成~みらいまで広げるヒト・モノ・コトの行き交うまち~」をテーマに再開発が進められる。

 まちづくりは「農業振興ゾーン」「観光・賑わいゾーン」「物流ゾーン」「公園・防災ゾーン」の4つのゾーンに整理されている。将来的には年間1500 万人が訪れ、地区全体の価値が向上するとしており、「周辺地域へも波及していくことで、郊外部の新たな活性化拠点の形成を実現していく」という。

 とはいえ、新路線ができても、跡地がどのように”化ける”かは、まだ誰も分からないのが現状。鉄道評論家の川島令三さんは「花博が終わった後のことを考えれば、行き止まり路線では将来的な交通網に組み入れられず、利用価値はありません。下手を打ったら『無用の長物』になりかねません」と懸念。「(横浜市緑区の長津田駅と同市青葉区のこどもの国駅を結ぶ)近くの東急こどもの国線は行き止まり路線なので、さほど一般の人の利用は多くありません」と話す。

 上瀬谷ライン(仮称)に未来はあるのか。川島さんは「東急田園都市線の南町田グランベリーパーク駅(東京都町田市)まで延伸すればメリットが生まれるはずです」と強調する。上瀬谷駅(仮称)から南町田グランベリーモール駅までは2~3キロほど。同駅周辺にはショッピングモールもあり、東急田園都市線を利用して渋谷方面にもアクセスしやすい。

 川島さんは「東急こどもの国線が開通したころから、小田急線の鶴川駅(東京都町田市)までの延伸が要望されていました。東急田園都市線と小田急線とを結ぶ路線になるので利用者がかなり増えるという意見もあったのですが、地元自治体などの思惑が錯綜して実現していません。上瀬谷ラインの南町田グランベリーモール駅までの延伸についても神奈川県と東京都が絡むことで難しいとはいえます」との見方を示す。

 横浜市は「延伸についてはまだ具体的に何も決まっていない」(担当者)との立場だが、ゆりかもめを上回る輸送力は、将来の延伸を視野に入れたものなのかと勘繰りたくもなる。あるいは、広大な跡地にユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ、大阪市)や東京ディズニーリゾート(千葉県浦安市)といった巨大テーマパークを誘致する構想もあるのか…。

 海軍道路の沿道には桜並木が続いていた。上瀬谷ライン(仮称)の車窓からその桜のアーチを眺められる日を想像しながら、上瀬谷地区のバス停に向かった。

SankeiBiz編集部 SankeiBiz編集部員
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