5時から作家塾

廃駅舎が「学び、楽しめる」国民的鉄道ミュージアムに オランダ鉄道博物館

 「ミュージアム大国」オランダ

 オランダ観光といえば運河クルーズ、飾り窓、コーヒーショップなども有名だが、同国を訪れたら外せないのがミュージアム巡りだろう。

 現在、公式に把握されている国内の美術館・博物館の総数は438館。最多の来館者数を誇るアムステルダムのゴッホ美術館は通常、約110カ国から年間220万人以上が訪れ、コロナ禍の2020年もオンラインで活発に発信されるコレクションを世界中で多くの人が楽しんだ。

 その中で国民にとっては老若男女問わず一度は訪れたことがある存在でありながらも、外国からの一般的な観光客には非常に知名度が低いミュージアムがある。オランダ国鉄による「鉄道博物館(Het Spoorwegmuseum)」だ。

 1928年開園の「鉄道博物館」、そのあゆみ

 同館は、1928年に国鉄本部近くのユトレヒト駅内で開館。当初は写真や文書などのパネル展示を中心とした小規模なものだったが、戦火からの避難や本社への移転などを経て、1954年に廃駅だったユトレヒト近郊のMaliebaan駅舎を改装する形で現在の所在地に再オープンした。

 鉄道の歴史保存を主な目的として設計された当時の同館では、長らく蒸気機関車のコレクションが目玉の展示品となっていた。しかしICEやTGVといった欧州をつなぐ高速鉄道の開業を受けて、1988年から近代鉄道のセクションを増築。さらに90年代からは子ども用アトラクションやプレイエリアの増設、コレクション保存のための屋内化などアップデートを重ね、2003年に現在人気展示のひとつとなっているハーグ州立鉄道駅の王室専用待合室(1973年解体)が復元されて現在の構造に落ち着いた。

 2005年には公式の博物館コンセプトと展示内容を刷新。様々な国と地続きの欧州においては、20世紀後半まで鉄道こそが世界への玄関口であったことを発想の起点とし、かつて鉄道がつないだ様々な世界の歴史を学べる場へと内容をリニューアルした。

 同時に子どもたちが楽しめるよう、イベントやあそび場、ワークショップも充実。マニアックな深掘りを避けて「色々なモノを少しずつ」展示し、膨大な車両のコレクションはあくまでエンターテイメントの舞台装置として一部を展示、定期的に入れ換えるルーティーンに。

 このコンセプトリニューアルにより鉄道好きだけではなくファミリーが楽しめるレジャー施設としてのイメージが広がり、来場者数がうなぎのぼりに増加した。

 「レジャー向け鉄道博物館」を可能にした鉄道文化の差

 ここまで読んで「え?」と思った人はいないだろうか。少なくとも120%日本人の筆者には、国内で唯一の鉄道博物館が車両展示を深掘りせず「舞台装置」に位置付けて、主目的を周辺の歴史の学びとレジャーに舵を切った(しかもそれで来館者数が激増した)という点は衝撃だった。日本の鉄道博物館がそんなことをしようものなら、炎上どころの騒ぎでは済まないだろう。マニアの車両愛に応えてこその鉄道博物館なのではないか。

 この背景には各国の鉄道文化の違いがある。要するに国民の鉄道愛の差だ。

 海外で生活したことのある日本人や、日本を訪れたことのある外国人なら誰でも、わが国の公共交通が世界一充実していて、清潔で、時刻表通りで、サービスも素晴らしいことは体感として知っているのではないだろうか。

 欧州の中では日本やドイツに次いで鉄道システムが充実しているといわれるオランダに暮らす筆者さえ、その差を巡って様々な経験をしている。

 大手清掃会社を営む友人は、日本で撮影した鉄道車両の写真を何枚か持ち込んでオランダ国鉄に車両清掃の営業をかけた。「わが社に清掃を任せてくれれば、君たちの車両も日本の電車のようにピカピカにできる」。国鉄の返答は、「稼働しているのにそんなきれいな鉄道車両があるものか、その写真に写っている車両はたまたま全部新しかったに決まっている」とけんもほろろだったという。

 オランダ国鉄が日本の鉄道がどのように定刻通りの運行を守っているのか学ぼうとJRのシステムを調査した結果、その結論が「ムリ(自分たちには)」だったという逸話も有名だ(話が極端に要約されてはいるだろうが)。

 筆者の夫が欧州の中でもおおらかな国に出張した際など、地下鉄の時刻表がないと駅員に文句を言ったら「時刻表は一応あるが、実際電車が何時何分に到着するかなんて、走行してみないと分からないだろう。なぜそんなに見たい」と呆れられてしまったという。

 背景はこのような鉄道事情や国民性など様々あるだろうが、とにかくオランダをはじめ多くの国では「鉄道愛好家」の数が日本よりも圧倒的に少ない。大多数の男子が成長過程で鉄道マニア期を通過するという現象もほぼ日本独特のものだ。こういったオランダ国民の鉄道に対する執着の薄さが、「車両展示は二の次のレジャー向け鉄道博物館」というコンセプトを歓迎しているのかもしれない。

 「誰もが楽しめるファミリー向け博物館」行ってみると

 さてその「ファミリー向け鉄道博物館」だが、コロナ禍による度重なる一時閉館の合間を縫って訪問したので内容を少しご紹介したい。

 ユトレヒト中央駅から専用のシャトルトレイン(駅が現役だった頃の線路をそのまま運行する)に乗り、Maliebaan駅に到着すると、1874年建造の駅舎が現れる。ホームに展示してある車両を覗きつつ、駅開業当時の内装を復元したエントランスでチケットを買い、その足で駅舎内の王室待合室を見る。

 博物館内は大きく分けて、鉄道の歴史や仕組みを学べる車両展示エリア(半屋外のガレージエリアへと続く)、オリエント急行の旅が体験できるシアター、レストラン・ショップエリア、鉄道の仕組みを学べる「テックラボ」、1839年にタイムスリップして蒸気機関車で炭鉱を訪ねるコンセプトのアトラクション「グレートディスカバリー」、小物展示室の6エリア。

 屋外には子ども向けの公園エリアとミニトレイン「ジャンボ・エクスプレス」、200年の鉄道の歴史旅行を体験できるアトラクション「De Vuurproof」、1910年建造の木造指令センターなど子どもが遊べる施設が中心に並ぶ。さらに戦時中ドイツ軍によって押収ののち強制収容に利用されて行方不明となり、近年ブカレスト近郊で朽ち果てた状態で発見された貨物車NSD4088も展示されている。

 この日展示されていた車両は、屋内外合わせて30程度。基本的に内部見学自由だ。1910年製造の木造車両SSC723の趣とシートの硬さを味わい、オリエント急行WR2287の食堂車で往年のディナーに思いをはせ、ベビーブーマー世代の義母が「犬の頭」の愛称で親しまれたMat '54の車両に「懐かしいわ、若い頃はこれで通勤していたのよ」と目を細める。日本でいえば、あえて5000系の千代田線が展示されているような感覚だろうか。こういった生活に密着していた車両が多く展示されている点も、「みんなの鉄博」のねらいかもしれない。

 遊び疲れたらレストランへ。先述のオリエント急行の食堂車で実際に食事ができるイベントが随時開催されているのでできればそれを狙いたかったが、この日は残念ながら対象外だったので、オランダの典型的「駅弁」(?)を選ぶことに。カフェカウンターの他に、Maliebaan駅現役当時に設置されていたレトロなコロッケ自動販売機がある。自販機で買うコロッケは国民的スナックで、乗車前に手軽に買ってホームや車内でかじっているオランダ人をよく見る。なんというか外側がガリガリした食感の牛ひき肉入りクリームコロッケだ。日本の駅弁が恋しい。

 ちなみに館内は基本的にどこでもパーティ会場としての貸し切りが可能。人気の用途はやはり子どもの誕生日パーティとのことだが、オリエント急行のダイナーや王室待合室でウェディングを開きたいなどの方はご検討を。

 その後も車両を楽しみ、アトラクションに乗り、子どもをプレイエリアで遊ばせているとあっという間に一日が過ぎる。

 帰る前に、オランダにしては充実したスーベニアショップでお土産を買うのを忘れずに。人気商品は現役国鉄車両のVIRMを模したぬいぐるみ34.99ユーロ(約4400円)。他にオランダでは1982年に利用が廃止されたエドモンソン式乗車券(日付が印字されてないのでおそらく未使用の余剰分)が10枚1ユーロで売られていたのでそれも買う。磁気の通っていない鉄道乗車券なんて何十年ぶりに触っただろう。

 オランダ国鉄が誇る、変化に富んだ「電車と歴史と文化と学びと遊び」の博物館。電車がお好きな方もそうでない方も、おひとり様でもご家族様でも楽しい一日を過ごせる鉄道博物館だ。

 世界が落ち着きを取り戻し、オランダ観光にお出かけの際には、ぜひ訪問先リストに加えてほしい。(ステレンフェルト幸子/5時から作家塾(R)

5時から作家塾(R) 編集ディレクター&ライター集団
1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。

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