大変革期のモビリティ業界を読む

モビリティ拠点に“転身”なるか 自動車ディーラーで高齢ドライバーの支援を

楠田悦子

 免許返納は問題の序章

 「免許返納で廃車依頼が増えた」。ある自動車ディーラースタッフの声だ。高齢ドライバーの事故がクローズアップされ、免許返納や廃車を考える高齢者やその家族が増えているという。これは免許保有率の少ない世代で始まった話であり、問題の序章でしかない。

 警察庁や人口動態を元に作成した内閣府の男女別運転免許保有者数と年齢層別保有者率(2018年12月末)によると、運転免許保有率は74.9%。若い年齢になるほど、保有率に男女差が小さく、保有率も高くなる。一方、年齢が高くなるにつれて免許保有率が低くなり、男女差は大きくなる。

 免許返納に直面しているであろう80歳以上は、男性の免許保有率が44.7%で女性は7.0%だ。70~74歳では、男性の免許保有率は87.1%、女性が52.4%まで上がる。そして60~64歳では男性が94.0%、女性が79.7%になる。35~54歳の世代では男女差は少なく、ともに免許保有率は90%を超える。

 寝ていても送り届けてくれる自動運転の登場に期待が高まっている。しかし、自分が自動運転のクルマを1台所有するというのは、2000~3000万円の超高級車を所有するようなもので、現実的ではないとも言われている。やはり公共交通機関が発達していない地域では自分でクルマを運転し続ける必要がありそうなのだ。

 運転寿命の延伸にコミット

 新型コロナウイルスの世界的流行を受けて、経済の悪化やデジタル活用により、実店舗の経営が難しくなっている。今後ますますクルマでなければ用を足せない地域が増えるだろう。クルマが運転できなくなれば死活問題だ。そのため一人一人のクルマを運転できる期間“運転寿命”をいかに延伸させるかが一つの焦点になってきている。

 だが、筆者が見聞きする限りでは、運転寿命の延伸に対して本気でコミットしている民間企業や行政は聞いたことがない。

 一つはクルマ側での支援だ。「セーフティ・サポートカー」(サポカー)と呼ばれ、自動ブレーキや車線逸脱などの安全運転支援システムを搭載した軽自動車も珍しくない時代になってきている。しかし、安全支援システムがついたクルマにすべての人が所有するまでは時間もかかる。クルマ側が人間のミスを全てカバーできるわけでもない。

 老後の「モビリティ」を考える

 インフラ側の道路も変えていく必要もある。ある高齢ドライバーは自分の好きなスーパーマーケットにクルマで買い物に行けなくなってしまった。運転スキルは決して低くはないのだが、スーパーの駐車場の入り口は交通量が多くクルマの流れも速いため、事故を起こす心配から家族から止められたのだ。近々免許を返納するそうだ。もし、地域ぐるみで高齢者がよく行くスーパーなど店周辺の道路の見直しをしていれば、その高齢ドライバーはもう少し長くカーライフを楽しめたかもしれない。

 運転者側の運転スキルを見直したり磨いたりしていく必要もある。高齢になるにつれて、反射神経や周囲の確認、ペダルを踏み込む力などが落ちてくる。自分の「運転癖」なども出来上がっていることだろう。それを自分自身で気づけるかというと気づけないのではないだろうか。毎年の健康診断のように、運転適性や運転スキルの毎年見直す機会はない。クルマの運転スキルは年齢で区切れるものでもないような気もする。

 事故を起こさず、できるだけ長くクルマを愛用してもらうために、運転スキルに応じた適切なクルマ選びを自動車ディーラーが提案してもよいだろう。自動車メーカーとしても、大事な顧客が事故を起こし、またそれがニュースに取り上げられる不本意なことであろう。

 クルマを長年購入してくれた顧客が免許を返納したからといって、それで縁が切れてしまうのはもったいない。これまでカーライフを一緒に考えてきたのに、クルマが売ることがなくなったからといって、クルマのない顧客の老後を一緒に考えないというのはどうなのか。

 クルマを乗る間の生活をデザインするだけではなく、ドライバーを卒業した後の暮らしや移動についても一緒にデザインしてほしい。そう切に願う。自動車ディーラーが、地域の「モビリティ拠点」として“転身”できれば、ビジネスチャンスはまだまだたくさんあるのではないだろうか。

心豊かな暮らしと社会のための移動手段・サービスの高度化・多様化と環境を考える活動に取り組む。自動車新聞社のモビリティビジネス専門誌「LIGARE」創刊編集長を経て、2013年に独立。国土交通省のMaaS関連データ検討会、自転車の活用推進に向けた有識者会議、SIP第2期自動運転ピアレビュー委員会などの委員を歴任。編著に「移動貧困社会からの脱却:免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット」。

【大変革期のモビリティ業界を読む】はモビリティジャーナリストの楠田悦子さんがグローバルな視点で取材し、心豊かな暮らしと社会の実現を軸に価値観の変遷や生活者の潜在ニーズを発掘するコラムです。ビジネス戦略やサービス・技術、制度・政策などに役立つ情報を発信します。更新は原則第4月曜日。アーカイブはこちら