東京の板橋区役所に今月16日、菓子大手の「湖池屋」から170箱の段ボールが届けられた。中に入っていたのは、“防災スナック”として寄贈された1500袋のポテトチップス。板橋区は湖池屋や東京家政大学と連携し、災害時の非常食としてポテチの備蓄を呼びかけているという。宮城、福島両県で最大震度6強を記録した地震もあり、防災に関心が高まる今、なぜ非常食にポテチなのか。そこには、「ローリングストック」という新たな備蓄の考え方があった。
ポテチで「エネルギー補給」
「カンパンであれば、保管していてもいつの間にか5年の(賞味)期限が来てしまいます。ポテチは少し日持ちもするので、普通に備蓄食料として使えるのではないかと」
板橋区危機管理室地域防災支援課の藤原仙昌課長は、ポテチ備蓄の意義をこう強調する。ポテチは常温で保存でき、賞味期限は6カ月。賞味期限が近いものから消費し、食べた分を買い足していけば、常に家庭内で一定量を備蓄することができる。これがローリングストックという考え方で、「循環備蓄」とも訳される。
湖池屋の担当者は「ポテチはエネルギー補給になります。ポテチを食べてほっとしたり…。平時の時もそうですし、有事のときも、心の情緒的ゆとりを思い出す手助けになるのではないかと。日常生活の延長線上に備えをしていただければ」と話す。馬鈴薯(ばれいしょ)を原料とし、油分や塩分を含むポテチは確かに、「もしも」の時の貴重なエネルギー源となりそうだ。
湖池屋が寄贈したのは「ポテトチップス のり塩」の防災スナック版。パッケージには「おかしで備えよう」「スナック菓子も防災スナックに!」と書かれており、印刷されたQRコードを読み取ると、区の「防災+(プラス)プロジェクト」のホームページにつながる。
板橋区では、新型コロナウイルス感染拡大の影響で実施できない総合防災訓練の代わりに、3月11日午前11時から地震の揺れを感じた直後の初動対応を身につける「シェイクアウト訓練」を行う予定で、参加を表明した人から抽選で1500人に湖池屋から寄贈された防災スナック版のポテチをプレゼントするという。
防災バッグ「常備」は3割弱
各地に甚大な被害をもたらした2019年10月の台風19号の際は、スーパーマーケットやコンビニエンスストアでパンやおにぎり、カップラーメンなどが売り切れになった。
板橋区の藤原課長は「台風19号の時には、『何か食べられるものを』ということでスーパーの(陳列)棚からポテチもなくなりました。ポテチならある程度、家庭で保管しておけます。災害がなくても、おやつにするなり、食材に使うなりできます」と語る。食べた分を常に買い足すようにしておけば、非常食として一定量の備蓄ができ、賞味期限切れの心配も少ない。
ポテチに限らず、備えあれば憂いなしだが、サントリー食品インターナショナルが昨年1月に実施した「防災バッグ」(非常用持ち出し袋)に関する実態調査によると、自宅に防災バッグを常備している人は28.9%にとどまり、「常備していない」が66.3%と3分の2を占めた。
防災バッグを「定期的に点検している」人はわずか13.4%。4人に1人が「点検や入れ替えはしていない」(25.0%)と回答した。防災バッグの中身については、3人に1人(33.0%)が期限切れのアイテムがあったとしており、多くの人が非常食を買っても気付いたときには賞味期限切れという事態を経験していることが分かる。
防災バッグに入れるものは、半数以上の人が「なるべく自分が日常で使っている、慣れ親しんだものを優先して選びたい」(53.9%)としており、災害後も「被災前に利用していた飲食物を口にしたい」と答えた人は61.6%に上った。理由は「慣れ親しんだものがあると安心できるから」。その意味では、日常の慣れ親しんだ食品を食べながら備えるローリングストックが災害時の「安心」につながる可能性がある。
賞味期限5年超のミネラルウォーター
これまでは人命救助のリミットとされる「3日間」を最低限の目安とした備えが必要とされてきたが、南海トラフの巨大地震対策の最終報告書で国の中央防災会議は「家庭で1週間分以上の備蓄」を求めた。気になるのは飲料水の備蓄。サントリー食品インターナショナルによると、ミネラルウォーターの「サントリー天然水」(2リットル)の賞味期限は24カ月だ。
賞味期限はおいしさの目安であり、ペットボトルが直射日光などにさらされていない限りは、賞味期限を1日過ぎたら品質に大きな影響が出るというものでもないだろうが、備蓄用のミネラルウォーターも販売されている。「サントリー天然水 2Lペット備蓄用」(税抜き250円)の賞味期限は5年3カ月だ。
通常のミネラルウォーターと何が違うのか。同社の担当者は「賞味期限の差は、ペットボトル容器の肉厚さに関係しています。厚肉により蒸散・容器の変形を軽減する設計であり、中味が異なるわけではありません」と明かす。備蓄用の「サントリー天然水」は、従来品とは異なる容器を使用し、長期保存に耐えられる設計にしているのだという。
間もなく東日本大震災から10年。3月11日は日頃の備えの大切さを改めて再認識する日でもある。板橋区や湖池屋、東京家政大学の取り組みは、日常の暮らしの中で消費し、使った分を購入することで常に新しいものを蓄える「ローリングストック」という新たな備蓄を考える契機となりそうだ。