「いつかは会社を辞めて起業を」。そう思ったことがある会社員は少なからず存在するでしょう。起業は自分がやりたい仕事を自由にできる反面、安定的な収入の確保が難しかったり、場合によっては借金を背負ってしまったりなど、金銭的なリスクもつきものです。そこで今回は起業の実態を探り、リスクを抑えた起業、いわば「低リスク起業」の準備方法を考えていきたいと思います。
低リスク起業 4つの形
筆者は起業家のインタビュー取材をする機会もあり、30代から60代まで、幅広い年代の起業家の話を聞いてきました。起業にもさまざまな形があります。たとえば個人事業主として起業する人や、会社員として請けていた仕事をフリーランスで請け負う形に変更した起業、法人を設立する起業など。
そうした取材を通して知ったことは、「ひとりで小さく事業を始める起業」が多いということでした。ひと昔前の起業のイメージは、法人成り(法人化)と、資金の借入れがセットとなっていた起業だったと思います。しかし最近の起業は、リスクを極限まで抑えたものです。
では低リスクの起業とはどういうものでしょうか。リスクを低減するための4つのパターンを挙げてみたいと思います。
▼パターン1 それまでやってきた仕事で起業する
会社員としてやってきたことを起業に活かすというのは、まさに低リスク起業の王道と言える手法です。
起業で新しいことを始めるとなると、スキルを習得するための費用や、新たな人脈作りのための交際費が必要になるなど、その分資金も余分に必要となります。しかし既にやってきたことなら、その仕事に対するマーケットも把握している上に、スキルも既に身に付いています。会社員の人は、今実際にやっている仕事の中から、起業につなげられることがないかをまず考えてみると良いと思います。
▼パターン2 自己資金のみで起業する
事業の規模にもよりますが、リスクを低くするために、起業をする際は自己資金でまかなうことを目指したいものです。
今はパソコン一台あれば仕事ができる事業がたくさんあります。たとえばライター業やコンサルタント業、IT系のエンジニアなどです。飲食業においても、店舗を借りるのではなく、キッチンカーで起業する人もいるようです。自己資金のみで小さく起業し、事業を拡大する過程で資金が必要となった場合に初めて借り入れる。このような方法が低リスク起業だと言えます。
▼パターン3 初期投資を最小限に抑える
最近はわざわざ事務所を借りなくても、自宅の一室やシェアオフィスなどで事業を始めることができます。「普段は自宅で仕事をして、打ち合わせの時だけ貸会議室を利用する」という起業家も多いのが実情。また、最近は法人の登記ができるシェアオフィスも増えてきました。
一方、事務業務や秘書業務は、そのような業務を代行している業者に外注している人も多くいます。リスクを背負わない経営によくあるスタイルです。
▼パターン4 副業で試しておく
将来やりたい仕事を副業で試しておくことは、起業での失敗を防ぐための効果的な方法です。
主たる収入を確保しながら、自分がやりたいビジネスを試せるわけですから、使わない手はありません。ただし、副業をする場合は、本業として勤めている会社の規則で許されていることを確認してから行うことが大切です。
起業の実態 「少額でスタート」している起業が多い
起業家たちは実際、事業を立ち上げる際の組織形態、費用をどのようにしているのでしょうか。さてここからは、日本政策金融公庫総合研究所が実施した調査「2020年度起業と企業意識に関する調査」より、起業の実態をお伝えします。本調査は「起業家」「パートタイム起業家」「起業関心層」「起業無関心層」を対象としたものです。
▼起業家の多くは「個人」でのスタート
まずは「起業時の組織形態」の結果を確認すると、「個人企業」が86.1%で、「法人企業」が13.9%となっています。つまりほとんどの起業家は「個人」でスタートしています。
起業の際に選んだ「業種」の上位3つは以下の通りです。
- 1位 個人向けサービス業(19.7%)
- 2位 事業向けサービス業(16.3%)
- 3位 情報通信業(12.4%)
▼「借入れ」はほとんどせず「50万円未満」で起業
起業費用についての調査結果を確認しましょう。「起業時にかかった費用」についての上位5つは、次の通りです。
- 1位「50万円未満」(30.2%)
- 2位「費用はかからなかった」(25.1%)
- 3位「100万~500万円未満」(25.1%)
- 4位「50万~100万円未満」(7.8%)
- 5位「500万~1000万円未満」(5.1%)
結果から見ても、起業時にかける費用は「50万円未満」で、かけたとしても「500万円未満」という起業家が多いことが分かります。
また、「起業時の金融機関からの借入れの有無」については、9割弱(87.2%)の起業家が「借入れなし」と回答し、「借入れあり」の起業家は1割強(12.8%)に留まっています。
▼2割強は100万円以上稼いでいる
一方、起業家が月にいくら稼いでいるのかは気になるところでしょう。月収の多い順番に並べてみました。約2割強の起業家が100万円以上稼いでいるようです。
- 1位「50万円未満」(58.9%)
- 2位「50万~100万円未満」(17.9%)
- 3位「100万~500万円未満」(15.9%)
- 4位「500万~1000万円未満」(5.3%)
- 5位「1000万円以上」(2.0%)
▼起業家の満足度は相対的に高い
「収入に対する満足度」についてもご紹介します。起業家と起業無関心層(以前も今も起業に関心のない層)を比べてみると、起業家の7.3%が収入に対して「かなり満足」しています。一方で、起業家無関心層で「かなり満足」している人は3.5%と、相対的に低くなっていました。
また、「仕事のやりがいに対する満足度」は、起業家の17.3%が「かなり満足」と回答しているのに対し、起業家無関心層で「かなり満足」と回答しているのは6.0%でした。
調査結果からも、現代の起業は「小さく始める」ことが主流だということが確認できました。また、起業後も収入や、仕事のやりがいに対する満足度は、起業に興味のない人に比べて「高い」ということも判明しました。
起業したらお金・家族・保険はどうなる? 3つのアドバイス
とはいえ、起業をする上で、知っておきたいことや注意すべき点もあります。起業家の取材経験をもつファイナンシャルプランナーとして、アドバイスが3つあります。
▼アドバイス1 当面の生活費を準備しておく
起業後すぐに十分な収入が得られる人はごく一部の人です。起業の際は、当分無収入でも生活できる貯金(生活防衛資金)を準備しておくことが大切です。
最低でも2年分くらいの生活費を事前に準備しておくと良いでしょう。1年分は災害や病気など、不測の事態の備えた資金です。もう1年分は、事業をスタートして1年間無収入だったことを想定した生活資金です。
また、可能であれば、事業以外の定期的な収入を確保しておくことも望ましいでしょう。たとえば、夫婦の場合、一方の配偶者が会社員でいれば、定期的な収入は確保できることになります。
▼アドバイス2 家族を味方に付けておく
起業をする際は、家族の理解を事前に十分に得ておきましょう。筆者がインタビューした起業家の多くも「家族を味方に付けておくことの大切さ」を力説していました。売り上げが伸びる時もあれば、そうでない時もある。そんな時に家族の理解や助けが、精神面でも経済面でも支えになるからです。
ここで、家族の理解を得るための方法を1つご紹介します。家族の不安はやはり金銭的なことに尽きます。起業前にキャッシュフロー表を作ることをおすすめします。まずは収入の目標値を作り、その上で、貯金と出費とのバランスを確認します。数字という動かぬ証拠により、漠然とした不安が解消されることもあります。
▼アドバイス3 社会保険の違いを理解しておく
起業後に加入できる社会保険制度に違いがあることを知っておくことも重要なことです。
会社員が加入する社会保険には、労災保険や雇用保険、健康保険、厚生年金保険(以下、厚生年金)、介護保険などがあります。会社に雇われている限り、これらの保険料は勤務先の負担か、もしくは、勤務先と半々で負担することになります。また、年間収入が130万円未満で、かつ、被保険者本人の年間収入の2分の1未満である家族がいれば、扶養に入れることも可能(*)です。*出典:全国保険協会HP「被扶養者とは?」
一方、会社員から個人事業主として起業し、国民健康保険と国民年金保険に加入した場合は、保険料の負担はすべて自らが負うことになる上に、扶養という概念がないため、扶養家族がいれば、その人数分の負担が必要になることも理解しておきましょう。
また、会社員が加入する健康保険には存在し、国民健康保険には存在しない制度もあります。それが傷病手当金です。病気などで働けなくなった場合に受け取れる手当金です。長期で療養が必要となった場合などに傷病手当金が受け取れないことは、国民健康保険に加入している人にとっての懸念材料になります。貯蓄や民間の保険などでカバーするなど、何かしらの対策を講じておくことが望ましいでしょう。
起業で失敗しないために「入念な準備」を
起業は「勢い」も大事ですが、損をしないためにも周到な準備をしておくことが必要です。
また、起業にあたっては、助成金を活用できることもあります。「起業時に助成金の存在を知らずに、すべて自己資金でまかなった」という起業家の声も聞いたことがあります。助成金については、ネットでの情報収集はもとより、地域の商工会議所などに相談してみるのも1つの方法です。
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