筆者には行きつけの「地元民憩いの場」(時短営業中)がある。常連客には40歳前後~50代のビジネスマンやガテン系、60歳前後以上の自営業者が多い。一昨年までは「○○の深夜食堂」といった風情だったのであるが、時節柄、休日は昼呑みの場になっているようだ。
40代で既婚ともなれば、子どもの世代は小・中学生が中心である。ある日、たまに顔を合わせる30代の知人と、その時一緒に居た顔見知りの常連客からこんな話を聞かされた。
なんでも、その知人の娘さん(この春から区立小学校の2年生)がプリントに漢字で名前(の一部)を書くと、先生から「習っていない漢字は書いてはいけません。ひらがなで書きなさい」と注意されるという。
耳を疑うとは、まさにこのことだろう。漢字と言っても、名前の一文字目は四画、二文字目は九画である(その子の苗字の一文字目は八画、二文字目は七画)。しかも、「ひらがなで書くように」注意されたのは、名前の一文字目、四画の漢字である。
これが、担任の先生の思うところによるものなのか学校の方針なのか、はたまた区からの指導によるものなのかは定かではないが、こんなところにも出る杭は打たれる的な悪平等?が蔓延っているのかと思うと、空いた口が塞がらないことこの上ない(個人的には)。
「習っていないから、ひらがな表記」の是非
似て非なる話ではあるが、塾で使用するテキストにもパッと見、似たところがある。筆者は交ぜ書きをキモチ悪く感じるのであるが、これがけっこう目立つのである。
小5上の理科のテキストからその例を拾ってみると、「水よう液」「ほう和」「結しょう」「ちっ素」「置かん法」「寒ざい」「とう明」「しょう華」「しつ度」「日かげ」「積らん雲」「らんそう雲」「花こう岩」「せん緑岩」「上げん」「金かん日食」「時こく」「こん虫」「子ぼう」「気こう」「青むらさき色」「じん臓」「すい臓」「だん性」「かん電池」「たん子」「へい列」…などと表記されている。
漢字表記した上でふりがなが振られているものもあるのであるが、下の図のように、一部分にだけふりがなが振られているものもあれば、全体にふりがなが振られているものもある。
さらには、「紅葉(こうよう)」と「黄葉」が並んでいたりするのであるが、「はいしゅ(胚珠)」「やく(葯)」のようにわざわざ難しい漢字を括弧書きで添えていたり、なかには「受精したたまご(受精卵)」といった首を傾げてしまうような表記もある。
おそらく、その学年までに習っていない漢字はひらがなで書き、その漢字を習ったときと異なる読み方をするときにはふりがなを振る、というのが原則なのであろうが、筆者はその考え方には与しない。中学受験のためのテキストであるからには、5年生ともなれば、受験までに覚えるべき漢字表記については、漢字で表記した上でふりがなを振り、早め早めに覚えられるようにしたほうがよいと考えている。
少し話の質は異なるが、「溶ける」と「融ける」、「溶解」と「融解」の違いが分からない(この2つを使い分けられない)大人も珍しくはないのであるが、それぞれの概念が最初に出てきた時点で、漢字も一緒に覚えてしまえば、そういうことにはならないかもしれない。
板書の際に書き取る時間を与えてみると…
筆者が板書するときにはどうしているのかと言えば、内心では「今は読めさえすればいい」と思いつつも、遅くとも入試までには書けるようになっておくべき(と思われる)用語については、「これは受験までには漢字で書けるようにしようね」と言って、その用語を漢字で板書した上でふりがなを振り、書き取る時間を与えている。書き取らせることによる早めの定着を狙ってのことだ。
その効果はというと―例えば、授業で「“なぎ”は風が止まると書いて“凪”と書くよ」「“積らん雲”くらい、早めに“積乱雲”と書けるようにしようね」といった説明をすれば、確認テストの時には何割かの生徒は漢字で書いてくる。「水溶液」「飽和」「結晶」「寒剤」「昇華」「湿度」「上弦」「金環日食」「子房」「気孔」「弾性」「乾電池」「並列」などでも同様である。
相手が中学生であれば、「じん臓」「すい臓」「花こう岩」「せん緑岩」「せきつい動物」「ほ乳類」くらいのレベルであれば、板書は「腎臓」「膵臓」「花崗岩」「閃緑岩」「脊椎動物」「哺乳類」だし、「濾紙」「胆嚢」「斑糲岩」「橄欖石」「孵化」のレベルであれば、「書けなくても読めたほうがいいね」と言って(相手が小学生であっても)漢字表記を引き合いに出すことは珍しくない。
文脈のなかで覚えるほうが定着は早い
漢字で書けたからと言って、理科の点数が上がるわけではないのであるが、読めないより読めたほうがいいに決まっている。そして、受験は自分が担当している科目だけでの勝負ではない。
畢竟、新出用語については、小学生であれば漢字表記、中学生以上であればプラス英単語を同時に伝えることは多い。漢字にせよ英単語にせよ、語彙は羅列されている形式で覚えるよりも、文脈のなかで覚えるほうが、あるいは視覚化されたものとセットのほうが、圧倒的に定着が速いからだ。
例えば、地図記号を覚えるためのテキスト(小学3年生用)は、ひらがなと漢字が併記されていたり、書き込み式の教材であれば選択肢がふりがな付きの漢字になっていたりする。雷、霧、霙、霰、雹といった難しめの漢字も、天気記号とセットなら多少は覚えやすいかもしれない。英単語であれば、「炭素の元素記号はなぜCかと言えば、炭素は英語でcarbonだから」「凸レンズの焦点をなんでFと略記するかと言えば、焦点は英語でfocusだから」「麦芽糖にはたらく消化酵素がマルターゼ(maltase)なのは、麦芽糖は英語でマルトース(maltose)だから」といった具合である。
もし筆者が、小学4~6年生に教材を用意するならば、交ぜ書きだらけのものは選ばない。ふりがなを多用しながらも上位学年で習う漢字を積極的に採用しているものを選ぶ。一部の子どもであっても、子ども自身の「その言葉の漢字を知りたい(書けるようになりたい)」「それを漢字で書けるってかっこいい」という気持ちを等閑にしてはいけない。
【受験指導の現場から】は、吉田克己さんが日々受験を志す生徒に接している現場実感に照らし、教育に関する様々な情報をお届けする連載コラムです。受験生予備軍をもつ家庭を応援します。更新は原則第1水曜日。アーカイブはこちら