いま、ミシンの売り上げが伸びている。2019年の出荷台数は49万台だったが、2020年には76万台へと急増している(一般社団法人日本縫製機械工業会の調査より)。
背景にあるのは新型コロナウイルスだ。外出しにくい状況になり、在宅時間が増えたため、自宅で楽しめるハンドメイドを始めた人が増えたのが一因である。
大手ミシンメーカーのブラザー販売は、200万円という超高級モデルのミシンを発売し、堅調に業績を伸ばしている。
ブームの中で、ひときわ注目されているミシンがある。
それが「子育てにちょうどいいミシン」。文字通り、子育てするお母さんをターゲットにした新機種である。2020年3月末に発売され、1年間で4万台を売り上げるヒット商品となった。
なぜヒットしたのか。その理由はコンパクトさにある。このミシン、幅は29.4cm、重さはわずか2.1kgと本棚に収まるサイズになっている。ちなみに一般的なミシンは4kgなので、重さは半分だ。軽量なので女性でも片手でラクに持ち運べ、すぐに取り出して使うことができる。本体に貼ってあるQRコードを読み取れば、ミシンの使い方や入園・入学グッズの作り方を動画で見ることもできるため、初心者でも簡単にマスターできる。価格は1万1000円(税込)と、従来の製品に比べて割安になっている。
「誰でも簡単に使える製品を作りたい」
どんな経緯で「子育てにちょうどいいミシン」を開発したのか? 製造元の株式会社アックスヤマザキに取材を行った。同社は1946(昭和21)年大阪市で創業。以来75年にわたりミシンを作り続けてきた老舗メーカーである。小規模ながら製品へのこだわりと品質には定評がある企業だ。
「誰でも簡単に使える製品を作りたいと思い、子育てにちょうどいいミシンを開発しました。初心者に必要な機能だけに絞り、コンパクトで安全な構造になっています。発売前に、このミシンを使ったマスクの作り方をインスタグラムに投稿したところ、大変な反響があったのです。すぐに1万フォロワーまで増え、4月にはYahoo!ニュースのトップページに掲載されて、連日、引っ切りなしに問い合わせが寄せられています。おかげさまで発売から9カ月間は、製造が追いつかず、予約をされたお客様にお待ちいただく状況でした」(代表取締役 山崎一史さん)
そこまで売れた理由はどこにあるのか?
「発売時期がちょうどコロナの影響でマスク不足になっていた時期でした。そのため、家庭でマスクを作る方が多かったのだと思います。知り合いがマスクを作っていたら、まわりの人もやってみたくなる。そんな状況で自然に拡大していったのだと思います。おかげさまで2020年の売り上げは、前年比2.5倍になり、創業以来の最高益となりました」
このミシンは、スタイリッシュなデザインが評価され、2020年度グッドデザイン賞・金賞を受賞している。
ミシンが売れない理由、それは…
ミシン市場は高度成長期には、一家に一台当たり前のようにあった。しかしその後、減り続け、1999年に約103万台、2019年には約49万5000台まで落ち込んだ。
「市場の縮小に伴い、当社も売り上げが落ちていきました。なんとか復活させたいと、ミシンが売れない理由を調べ、インタビューも行いました。その結果わかったのが、小学校の家庭科の授業が原因になっていたことです。確かに従来のミシンは重い上に使いにくい構造になっています。針に糸を通すだけでも小学生には一苦労でしょう。ならば、子どもがもっと楽しめるミシンを作ればいいのでは? と思いたったのです」
3年間、試行錯誤を重ねた結果、子ども向けのミシンを開発する。それが2015年に発売した「毛糸ミシンHug」。糸を使わずに、なんと毛糸で布地を縫うという画期的なミシンである。
「おもちゃに手を出すなんて、と父(当時の社長)は猛反対でした。このミシンは従来の流通ルートではなく、おもちゃ業界へ売り込んだところ反響が大きく、2カ月で2万台も売れて品切れになったのです。プレゼントとしてお子さんに贈る方が多かったため、当時のクリスマス時期には、一瞬で完売するほどのご注文をいただきました。当社は2015年には赤字でしたが、このミシンのおかげで翌年、黒字に転換することができました」
子どもに楽しんでもらうことを第一に考えた「毛糸ミシンHug」。布だけでなく、紙やフェルト、毛糸も縫えるようになっている。針から指を守るガードがついているため、小さな子どもでも安心して使える。同社では、このミシンを使った作品コンテストも実施しており、子ども世代へのミシンの普及に力を注いでいる。こちらも2016年、一般社団法人日本ホビー協会が主催する第16回ホビー産業大賞で経済産業大臣賞を受賞している。
「お子さんがミシンを使うことで、お母さんやおばあちゃんとの会話が増えた。こういった声をたくさんいただいています。親御さんが若い頃は、一家に一台あったミシンがあった時代。ミシンを囲んで家族がなごやかに交流していたと思います。おばあちゃんはお孫さんに教えたい。お孫さんも教わりたい。このミシンを通してそんな交流が生まれているのではないでしょうか」
ちなみに同社には「孫につくる、わたしにやさしいミシン」という機種も用意されている。針の部分を拡大できるルーペがついており、高齢者が使いやすい工夫が凝らされており、こちらもヒット商品になっている。
かつては一家に一台あったミシンは、親と子をつなぐ道具でもあった。戦後、ミシンの需要は飛躍的に増えたが、次第に家庭で縫い物をする習慣が廃れ、ミシンの需要も減ってしまう。アックスヤマザキは、いま一度原点に立ち返り、ミシンを通したあたたかい交流を生み出そうとがんばっている。(吉田由紀子/5時から作家塾(R))