宇宙開発のボラティリティ

民間人の宇宙旅行が激増 「儲かる」宇宙ビジネスをめぐる米露の思惑

鈴木喜生

半年で28名打ち上げ、うち12名が民間人

 5月13日(日本時間)、ZOZOTOWNの創設者で実業家の前澤友作氏が、ソユーズ宇宙船に搭乗してISS(国際宇宙ステーション)へ飛び立つことが、ロシアの宇宙機関ロスコスモスによって公表されました。自己資金でISSへ赴く日本人はこれが初。打ち上げは今年12月8日に予定されています。

 今年2021年は、宇宙に行く民間人、つまり正規の宇宙飛行士ではない「宇宙飛行参加者」が劇的に増えます。9月からの半年間で、米国、ロシア、中国が計28名を宇宙へ送り込みますが、うち12名が宇宙飛行参加者で、そこには史上はじめて「宇宙ロケ」を敢行するロシアの映画スタッフも含まれています。

 まさに、宇宙旅行元年。今回は、民間人による宇宙フライトの概況とコスト、さらに、そのサービスが急増した背景を紹介していきます。

前澤氏とロシア人女優、映画「サリュート7」監督がリフトオフ

 今回、ロシアのサービスによってISSへ赴く宇宙飛行参加者は4名、その打ち上げには2機のソユーズが使用されます。

 1機は10月5日(日本時間、以後同)打ち上げ予定のソユーズMS-19で、ロシアの女優ユリア・ペレシルド氏と、映画監督クリム・シペンコ氏が搭乗予定。シペンコ氏は、映画『サリュート7』(2018年日本公開)の監督としても知られる人物です。

 打ち上げから帰還までは12日間、ISS滞在は10日間であり、その間に、史上初となる一般公開用映画の「宇宙ロケ」撮影が行われます。タイトルは『チャレンジ』(仮)、内容は「宇宙ドラマ」とだけ公表されています。

 2機目のソユーズは12月8日打ち上げ予定のMS-20で、前澤氏と、同氏の関連会社の取締役で映像プロデューサーの平野陽三氏が同乗します。ふたりは6月から約3ヵ月間、ロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センターで訓練を受け、カザフスタンにあるバイコヌール宇宙センターから打ち上げられます。

 打ち上げから帰還までは同じく12日間。その料金は明らかにされていませんが、2020年5月時点での同サービスの料金は、1名当たり25億7300万ルーブル(約39億円、当時レート)と報じられています。

 前澤氏はこの「ISS旅行」に先立ち、スペースX社と「月旅行」の契約を結んでいることは周知のとおり。同社が現在開発中の大型宇宙船「スターシップ」の全9席を予約購入済み、つまり一機まるごとチャーターしており、これが実現すれば史上初の「民間人による月旅行者」となります。

 その契約料は未公開ですが、月往復の1週間を1席100億円と仮定すると総額900億円。前澤氏は3月、この宇宙船に同乗する8名をウェブサイト「dear Moon」で一般公募しています(すでに締切済)。

 前澤氏にとって本番はあくまで「月」であり、今回のISS訪問はその予行演習という位置づけとも言えます。月への打ち上げは2023年が予定されています。

なんと「民間人4名」だけのフライトも実施

 米国側の民間人による宇宙フライトは、スペースX社、アクシオム・スペース社などによって企画されています。

 9月15日には、スペースX社による「インスピレーション4」ミッションの打ち上げが予定されていて、宇宙船にはクルー・ドラゴンが使用されます。

 このフライトは、IT企業のCEOであり軍用機パイロットの資格も持つジャレッド・アイザックマン氏が主催したもので、地球学者や医師助手(PA)など、計4名の宇宙旅行者が搭乗予定。ISSにはドッキングせず、地球を周回する軌道上で3日間を過ごします。

 この宇宙船にはNASAなどの公的機関のクルーが搭乗せず、つまり史上初の「民間人のみの宇宙フライト」となります。

 2022年1月には、アクシオム・スペース社のサービス「AX-1」ミッションによって、やはりクルー・ドラゴンで宇宙飛行参加者4名が打ち上げられます。

 この船にはアクシオム・スペース社の副社長であり、NASAの宇宙飛行士であるマイケル・ロペス・アレグリア氏のほか、3名のビリオネア(投資家)が搭乗します。

 ISSは2024年に民営化される予定ですが、その後ISSの運営を担うのがこのアクシオム・スペース社であり、当社は同年、追加モジュールを打ち上げてISSに接続し、そこをホテルとして旅行者や研究者に提供する計画を立てています。

 2030年前後にISSが破棄(制御落下)された後も、互いに連結された複数のモジュール群だけを軌道上に残し、新たな民間宇宙ステーションを運用します。

 創業者でありCEOのマイケル・サフレディーニ氏は、かつてはISSのプログラム・マネージャーを務めていた人物。また、AX-1でISSへ赴く副社長のアレグリア氏は、宇宙飛行士としてISSに4回滞在、ISS司令官も務めた経験がある、ISSのスペシャリストです。

「史上初」は逃したが、トム・クルーズも2022年にISSへ

 2020年9月、トム・クルーズ氏がISSへ行くことが大々的に報じられました。つまり、先述の「AX-1」に当初はトム・クルーズ氏が搭乗する予定で、そこで史上初の「宇宙ロケ」が行われるはずだったのです。

 しかし、同氏のスケジュール調整がつかなかったようで、クルーズ氏は現時点で、2022年11月打ち上げ予定の「AX-2」への搭乗が予想されています。結果、「史上初の宇宙ロケ」は先述したロシアチーム(MS-19)に先を越されることになり、その計画はインポッシブルとなりました。

 宇宙関連サイト「Space Shuttle Almanac」によると、AX-2に搭乗するのはトム・クルーズ氏と、映画プロデューサーのダグ・リーマン氏であり、残るもう一席はいまだ未定とのこと。2020年3月に公表された募集時点での1席の料金は5500万ドル(59億4000万円、当時レートにて計算)と報じられています。

なぜいま民間人のフライトが激増しているのか?

 宇宙へ赴く民間人を、ロスコスモスやNASAでは「宇宙飛行参加者(spaceflight participant)」と呼称し、正規の宇宙飛行士とは区別しています。

 元TBSジャーナリスト秋山豊寛氏は、史上初の商用宇宙飛行によってソユーズ(往路TM-11、復路TM-10)に搭乗して宇宙ステーション「ミール」に滞在しましたが、秋山氏の場合は「宇宙飛行士」の資格を取得していたため宇宙飛行参加者には含まれず、また、TBSによる出資であったので、自己資金によるプライベートフライトでもありませんでした。

 真に、自己資金による最初の宇宙飛行参加者は、デニス・チトー氏(米国)です。NASA(JPL:ジェット推進研究所)の科学者だったデニス氏は、宇宙機の軌道計算に用いられる手法を金融市場分析に活かして財を成し、その資金をもとに2001年、ソユーズ(往路TM-32、復路TM-31)でISSを訪れ、8日間の宇宙旅行を果たしました。

 これまでにチトー氏を含め計7名(うち1名は2回)が自己資金による宇宙旅行を実現していますが、そのすべてのツアーをコーディネートしたのは米国の宇宙旅行代理店「スペース・アドベンチャーズ」で、今回、前澤氏をエスコートするのも同社です。

 スペースシャトルが2011年に退役して以降、有人宇宙飛行はソユーズ宇宙船だけに依存していたため、そのあらゆるサービスはロシアの独壇場となり、契約金も高騰していました。

 しかし、昨年11月からスペースX社のクルー・ドラゴンが正式運用されると、米国による人員輸送能力が向上。ソユーズの定員が3名なのに対し、クルー・ドラゴンの最大定員は7名で、さらに、2022年にボーイング社の新型有人宇宙船「スターライナー」の正式運用が開始されれば、ソユーズの存在価値のさらなる低下は避けられません。

 経済的に厳しい状態にあるロシアならびにロスコスモスとしては、正規クルーの数を減らしてでも民間宇宙旅行サービスによって外貨を稼ぐ必要に迫られている感があり、そうしたロシアの財政事情と、米国民間企業による宇宙サービスの躍進が、「金さえあれば誰でも宇宙へ行ける」という状況を、さらに推し進めると予想されます。

ジェフ・ベゾスも「初」の一席をオークションで募集中

 イーロン・マスク氏のスペースX社が華々しく活躍する一方で、少々焦り始めているのがアマゾンの創設者ジェフ・ベゾス氏です。

 ベゾス氏が率いるブルー・オリジン社は観光用宇宙船「ニューシェパード」を開発中で、これまでに数多くの無人テスト飛行を重ねてきました。そしてついに今年7月20日、その有人テストフライトが初めて行われるのですが、なんと現在、その座席1席がオンライン・オークションで販売されていています。入札は、当記事がアップされる5月19日(水曜)まで可能です

 有人テストフライトが完了していない状態から座席を販売し、そのフライトに一般人を有料で乗せるというこの事態。かなりスリリングではありますが、考えようによっては究極の体験とも言えます。

 この観光用宇宙船ニューシェパードは、高度100km以上の「宇宙」には到達しますが、地球を周回する軌道には乗らず、数分間の無重力を体験したのち、弾道軌道によって降下するというものです。米テキサス州の専用射場から打ち上げられて10分後に地上に着陸します。

 今回は特別シートのためオークション方式とされていますが、通常フライトの場合の料金は20万ドル(約2200万円)と公表されています。

◇◇◇

 米国民間企業による宇宙サービスは、やがて火星旅行さえ実現させるでしょう。同様に、独自に宇宙ステーションを建設することを示唆するロシアや、すでにステーション建設を開始し、ロシアと月面基地を建設する中国も、地球周回軌道を超えたサービスを展開するはずです。

 こうした各国各社の思惑により宇宙が「利潤追求のためのマーケット」と化し、その結果、より多くの人々に宇宙が開放されつつあります。2021年は、その起源ともいえる記念すべき年として、歴史に刻まれるに違いありません。

《宇宙飛行参加者リスト》(2021年5月時点)

太字が民間人の「宇宙飛行参加者」

*は女性

▼「インスピレーション4」ミッション

  • 打上予定日/2021年9月15日
  • 運営/スペースX (米国)
  • 宇宙船/クルー・ドラゴン
  • 搭乗員/
    • ジャレッド・アイザックマン(船長/IT企業CEO)
    • ヘイリー・アルセノー(医師助手)*
    • クリス・センブロスキー(起業家)
    • シアン・プロクター(地球科学者)*

▼「MS-19」ミッション

  • 打上予定日/2021年10月5日
  • 企画/テレビ局「チャンネル1」(ロシア)
  • 運営/ロスコスモス(ロシア)
  • 宇宙船/ソユーズMS-19
  • 搭乗員/
    • アントン・シュカプレロフ(船長/ロスコスモス)
    • ユリア・ペレシルド(女優)*
    • クリム・シペンコ(映画監督)

▼「MS-20」ミッション

  • 打上予定日/2021年12月8日
  • 企画/スペース・アドヴェンチャーズ(米国)
  • 運営/ロスコスモス(ロシア)
  • 宇宙船/ソユーズMS-20
  • 搭乗員/
    • アレクサンダー・ミサーキン(船長/ロスコスモス)
    • 前澤友作(実業家)
    • 平野陽三(映像ディレクター)

  

▼「AX-1」ミッション

  • 打上予定日/2022年1月に4名
  • 企画/アクシオム・スペース社(米国)
  • 運営/スペースX(米国)
  • 宇宙船/クルー・ドラゴン
  • 搭乗員/
    • マイケル・ロペス・アレグリア(船長/アクシオム副社長)
    • ラリー・コナー(パイロット/投資家)
    • マーク・パティ(投資家)
    • イーサン・スティビ(投資家)

▼「AX-2」ミッション

  • 打上予定日/2022年11月
  • 企画/アクシオム・スペース社(米国)
  • 運営/スペースX(米国)
  • 宇宙船/クルー・ドラゴン
  • 搭乗員/
    • 未定(船長)
    • トム・クルーズ(俳優)
    • ダグ・リーマン(映画プロデューサー)
    • 民間人(未定)
宇宙、科学技術、第二次大戦機、マクロ経済学などのムックや書籍をプロデュースしつつ自らも執筆。趣味は人工衛星観測。これまで手掛けた出版物に『宇宙プロジェクト開発史大全』『これからはじまる科学技術プロジェクト』『零戦五二型 レストアの真実と全記録』『栄発動機取扱説明書 完全復刻版』『コロナショック後の株と世界経済の教科書』(すべてエイ出版社)など。

【宇宙開発のボラティリティ】は宇宙プロジェクトのニュース、次期スケジュール、歴史のほか、宇宙の基礎知識を解説するコラムです。50年代にはじまる米ソ宇宙開発競争から近年の成果まで、激動の宇宙プロジェクトのポイントをご紹介します。アーカイブはこちら