大変革期のモビリティ業界を読む

空を駆ける「ホバーバイク」年内発表 “空飛ぶクルマ”がついに実現する

楠田悦子

 “空飛ぶクルマ”といえばどんなものを思い浮かべるだろうか。例えば、離島や草原のような人があまり住んでいないところを飛ぶヘリコプターが進化したようなもの…。少なくとも、日常生活に使えるもの、自分の身近に使えるものという認識を持てない人は多いのではないだろうか。筆者もその一人であった。

 しかしそんな冷めた目で見ていた筆者をして、「もしかしたら空飛ぶクルマで世界が大きく変わってしまうかもしれない」と思える発表がありそうだ。スタートアップ企業の「A.L.I. Technologies」(東京都港区)が今年、空飛ぶクルマを発表しようとしている。

 道路を走るクルマの少し上を飛ぶ

 A.L.I. Technologiesの発想が非常におもしろい。まず、飛ぶ高さが競合他社のそれとは異なる。道路を走るクルマの少し上、地上5~500メートルの高さの「空中域」を飛ぶというのだ。同社はこの「空中域」から社会の仕組みを変えていこうとしている。

 もし東京で、旅客機が飛行する高さで飛ばそうとするとどうなるだろう。日常生活やレジャーを楽しむといった用途では想像しにくい。それに、羽田空港へ発着する旅客機、空撮のヘリコプターなど、東京の上空はすでに混み合っている。

 地上を走行するクルマの少し上、ビルの高さほどの高度は未開拓だ。日常生活での用途が広がってくるのでは。自宅からすっと空飛ぶクルマに乗って、鳥になったような気分で毎日の移動を楽しめるかもしれない。災害時の救出もいち早く行える可能性もある。道路が整備されていない山間部や段差があるような場所も、低空飛行で違った角度から楽しめるかもしれない。あるいは、車いすに変わるモビリティとして、障害を乗り越えて人々が移動の自由を手にすることができる移動手段として活躍できる可能性もある。

 2024年以降に一般販売機の発売も視野

 A.L.I. Technologiesから今年発表される空飛ぶクルマは水上バイクのような形をしている。そのバイクような空飛ぶクルマにまたがり、前かがみになって、空を駆けるイメージだ。「ホバーバイク」と言うのだそうだ。プロペラを使った浮力で宙に浮上し、姿勢制御と高度調整を各種センサーで行う。今はガソリンエンジンだが、将来的には電動化を進める予定だという。

 「そんな夢のような話が簡単に実現できるわけがない、遠い未来の話なのではないか」と思ってしまうが、そう遠い未来の話ではなさそうなのだ。同社は2019年の東京モーターショーにも出展している。

 まずは富裕層向けに、1人乗りのホバーバイクを数量限定で受注生産する。2024年以降に一般販売機の発売を開始するというロードマップを描いている。年内には報道関係者向けにお披露目を実施する予定だ。

 同社の組織体制もしっかりしている。外資系投資銀行やヘッジファンドなどでの経験のある代表取締役会長の小松周平氏や、ドリームインキュベータとボストンコンサルティングなどで、10年以上の戦略コンサルティング経験のある代表取締役社長の片野大輔氏をはじめ、プレイステーションシリーズの開発や設計責任者を務め、2014年にはSony Computer Entertainment(現:Sony Interactive Entertainment LLC)取締役副社長に就いた三浦和夫氏が取締役に、ドローンファンドで有名な千葉功太郎が社外取締役に。国土交通省の事務次官務めた安富正文氏、東急グループ創業家の五島順氏、プロサッカー選手の本田圭佑氏などがアドバイザーとして支える厚い体制になっている。

 空飛ぶクルマの運航ルールといった法整備も必要で、不確定要素も少なくないが、同社は空飛ぶクルマだけでビジネスをしているわけではない。もともとドローンのスタートアップとして設立された経緯があり、ドローン・AI事業や次世代インフラ事業も行っている。ドローン・AI事業ではオリジナルドローンからAIソリューションの開発、操縦士の提供、管制システムの提供まで、ドローンを飛ばす上で必要なサービスを一貫して手掛けている。これが空飛ぶクルマの開発にも活かされているというわけだ。

 まだ車両は一般の人に手の届くものではないかもしれない。しかし、テクノロジーの進歩で将来予測が難しい今日では、もしかすると多くの人が乗るモビリティになるかもしれない。

 日本は多くの課題を抱えている。一つが道路やトンネルといったインフラ建造物の維持コストだ。それは地面に接地して走るという移動をしているから必要となるインフラだ。もし飛ぶということが一般的になれば、タイヤも道路も不要となり、社会インフラのつくり方そのものが変わってしまうのかもしれないと感じた。

心豊かな暮らしと社会のための移動手段・サービスの高度化・多様化と環境を考える活動に取り組む。自動車新聞社のモビリティビジネス専門誌「LIGARE」創刊編集長を経て、2013年に独立。国土交通省のMaaS関連データ検討会、自転車の活用推進に向けた有識者会議、SIP第2期自動運転ピアレビュー委員会などの委員を歴任。編著に「移動貧困社会からの脱却:免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット」。

【大変革期のモビリティ業界を読む】はモビリティジャーナリストの楠田悦子さんがグローバルな視点で取材し、心豊かな暮らしと社会の実現を軸に価値観の変遷や生活者の潜在ニーズを発掘するコラムです。ビジネス戦略やサービス・技術、制度・政策などに役立つ情報を発信します。更新は原則第4月曜日。アーカイブはこちら