小型で手軽な次世代の乗り物として注目されている「マイクロモビリティ」の市場に、川崎重工業(東京都港区)が参入し話題を集めている。「noslis」(ノスリス)という電動三輪車で、自転車のような見た目ながら最高時速40キロを出せる電動ビークルだ。道路交通法上の扱いは普通自動車となる。この新スタイルの乗り物にクラウドファンディング市場も敏感に反応。本格的な事業化に向けて先行販売したところ即日完売した。追加生産の問い合わせも相次いでいるという。SankeiBiz編集部員が試乗し、その魅力を確かめた。
自転車のようなミニカー
東京都港区の川重東京本社。同社が手掛けるオートバイや航空機などが並ぶ展示スペースの一角に、ひときわ異彩を放つ乗り物があった。自転車に使われるクロムモリブデン鋼の細いフレームに、前2輪、後ろ1輪の三輪車「ノスリス」だ。第一印象は完全に自転車だった。
ノスリスはビジネスアイデアを募る社内公募から生まれた。アイデアを寄せたのは「Kawasaki」ブランドのモーターサイクルを手掛けるエンジニアの石井宏志さん(44)。「バイクだけでは限られた人しか幸せにできない。モーターサイクルのノウハウを生かして誰でも手軽に安全に乗れるモビリティを作りたい」との思いから、転倒リスクが少ない電動三輪車の開発を提案したという。
かくして約180もの応募の中から第1号案件として選定され、同社の主要製品である航空機などのプロジェクトと肩を並べることになった。
ノスリスはフル電動モデルと電動アシスト付き自転車の2種類。今回は電動モデルの「NA-01」に試乗した。引き締まったクロモリ素材のフレームが小径自転車のような印象を与えるが、道交法上の位置づけは「ミニカー」で普通自動車に区分される。運転には普通自動車免許が必要だ。
とはいえ、普通自動車免許を所持していればヘルメットなしで車道を走行できる。車検や車庫証明も不要だ。気軽さでは電動アシスト自転車と大差はない。
速度は5段階で設定でき、スロットルレバーを右手の親指で押すと走行する。ペダルを漕ぐことはできるが、モーター走行時は基本的に足をのせておくだけとなる。
いざサドルにまたがり細部に目を向けると、ウィンカーやバックミラーに加えナンバープレートも搭載されている。ただ、バイクの乗車経験がないような人でも緊張を感じさせない。その点では、ノスリスが目指す「自転車ライク」というコンセプトは成功といえるかもしれない。
安全走行を生み出すバイク由来の機構
300メートルほどある社屋の外周道路で試乗した。乗り始めた当初こそ、体験したことのない操作感に少し戸惑いを覚えたが、周回を重ねるたびに慣れ、心地よくなった。
その理由は車体を傾けた際に前2輪が傾く構造にあると気づいた。モーターサイクルの技術を応用した「ティルト機構」で、最大30度まで傾く前輪が安定性を生み出しているのだ。コーナリングや少しの段差でもバランスを保って走行することができるのは、この機構のおかげだろう。
バイクになじみのない身としては、最初は不慣れな動きにブレーキを握る手にも力が入った。ただ、ティルト機構が描く軌道に体の動きを合わせられるようになると安定してスピードを維持できるようになった。
自転車のような親しみやすい外観ながら、4輪の乗り物ようなどっしりとした安定感もある。日本の道路事情や道交法に適応しながら乗り手の安全走行をサポートする、いわば“賢いマイクロモビリティ”といった印象だ。ノスリスは自転車より車幅が広いため、車道上での存在感を自覚して運転する必要があるが、心細さはない。ただ、車線の多い道路の交差点で小回り右折する場合、周囲の車に合わせてスムーズに合流できるかなど、今回の試乗では体験できなかっただけに、その点は不安も残る。
クラウドファンディングはフル電動モデル、電動アシストモデル各50台で計100台を発売し、いずれも即日完売となった。2022年度以降の市場導入に向けたテスト販売だったが、この反響にプロジェクトリーダーの石井さんは「目標1~2週間、できれば1カ月以内には完売したい程度の感覚だったが…」と驚きを隠せない。一方で、「自分達が考えていたニーズが実際にあると実感した。ノスリスなら従来のマイクロモビリティではカバーできなかった人たちの生活をより豊かにできる」と確信する。
本格販売に向け、さらに購入者からのフィードバックを反映しながら改良を進める。「Nos liberi sumus」(私たちは自由だ)というラテン語を由来とするノスリス。この思いがどのような完成形となるのか、今後の開発に注目したい。