宇宙開発のボラティリティ

「どこに落ちるか分からない」中国ロケット、米国の非難は妥当なのか

鈴木喜生

 中国が4月29日に打ち上げた大型ロケットが、「どこに落ちるか分からない」状態に陥り、5月9日、無制御のままインド洋に落下しました。この件で中国が、世界、主に米国から「無責任」と非難《関連記事》されたのはご存じのとおりです。しかし、これが中国の本来的な計画による「落下」だったらどうでしょう?

 今回は、この中国の大型ロケット「長征5号B」を巡る報道を検証したいと思います。

 長征5号Bは「中国宇宙ステーション」(CSS)の最初のコアモジュール「天和」を地球周回軌道に乗せました。6月17日(木曜)には、そのコアモジュールに向けて3名の中国人宇宙飛行士が、宇宙船「神舟12号」によって打ち上げられ、約3ヵ月のミッションを開始する予定です。同ステーションを完成させるためにはあと2回、2つのモジュールを打ち上げる必要がありますが、そのローンチは2022年に予定されています。

そもそも「制御落下」装置は搭載されていなかった

 米大統領補佐官は5月5日、中国の長征5号Bが「地表に落下する可能性」があり、米宇宙軍がその「追跡」を開始し、米国が「警戒態勢を取った」ことを公表しました。ニューヨーク・タイムズ紙などは、長征5号Bが「制御不能な状態で宇宙に放置されている」と報道し、このニュースが世界を駆け巡ったのです。

 こうした報道からは、中国のロケットに何かしらのトラブルが起こったように感じられますが、じつはこのロケットには、そもそも落下を制御するための装置が付いていなかったと推測されます。つまり、中国ははじめから「制御落下」しようとは考えていなかったのです。

第一段も軌道に乗る想定の特殊ロケット

 長征5号Bは一段式のロケットであり、その周囲に4つのブースター(個体燃料ロケット)が搭載されています(この形式は1.5段式とも言います)。

 2段式ロケットであれば、第一段ロケットの上部に、エンジンを搭載した第二段が搭載され、さらにその上にペイロード(軌道に乗せるべき荷物)が載せられます。しかし長征5号Bの場合、その第二段部分がすべてペイロードで、今回の場合はコアモジュール「天和」が搭載されていました。

 つまり長征5号Bは、22.5トンの重い「天和」を、第一段ロケットと4本のブースターだけで打ち上げることになります。また、その「天和」を高度340km以上の軌道に乗せるには、秒速8km程度まで加速する必要がありました。

 「天和」自体に大きな推力を発生させるエンジンは付いていないため、それを地球周回軌道に乗せるためには、長征5号B自体も、ほぼ地球を周回する軌道に乗ることになります。これがこのロケットの特殊なところです。通常、第一段ロケットは高度80kmくらいで切り離され、弾道軌道を描きながら海上の予定区域に制御落下させられます。

 第一段ロケットが軌道に乗ったとしても、逆噴射装置が搭載されていれば、それで機速を落とし、狙った場所に制御落下できます。しかし、質量が大きい第一段を動かすにはそれなりの燃料とシステムが必要で、そもそも重い「天和」を載せている長征5号Bには、燃料とシステムを載せる余裕はありません。中国有人宇宙機関(CMSA)の公表資料や、CMSAが国際連合宇宙局に提出した同ステーションの「ハンドブック」などを見ても、第一段ロケットの逆噴射装置、コアモジュールの推力装置に関する記述が皆無であることから、おそらく搭載されていないと思われます。

 結果、ほぼ軌道に乗ってしまった第一段ロケットは、宇宙空間にわずかにある大気の抵抗を受けて、自然の力でジリジリ落ちてくるのを待つしかない、ということになります。

中国いわく「西側の誇張した報道」

 第一段ロケットを自然落下させることに関して中国は、決して特殊な方法ではなく、どの国もやってきたことだと主張しています。第一段ロケットのほとんどは燃え尽き、人的被害を出す可能性は極めて低く、世界がパニックを引き起こすような誇大な報道するのは西側諸国のいつもの手口だ、と非難しています。

 結果、残骸の一部はインド洋に落下しました。燃え残ったパーツの質量はわかっていません。

 たしかに、ある一時期まで宇宙機の自然落下は一般的でした。比較的質量の少ない第二段ロケットや、低軌道にある人工衛星などは自然落下に任せ、大気圏に再突入させて燃やしていたのです。

 しかし、今回の第一段ロケットのように、全長30m、直径5mものサイズの、とくに燃えづらいエンジンやタンクを搭載した大型ロケットが、無制御で落下する事態は特殊です。実際、2020年5月には、今回とまったく同型の長征5号Bの残骸が西アフリカのコートジボワールに落下し、複数の家屋に被害を出したと報道されています。

かつては米ソも、世界を恐怖に陥れた

 かつて米国は、制御できなくなった無人の宇宙ステーション「スカイラブ」を無制御で大気圏に再突入させ、その残骸がオーストラリアに落下していますが(1979年)、その本体質量は今回の長征5号Bの第一段の3倍ありました。また旧ソ連は、同じく無人の宇宙ステーション「サリュート7」を1991年に無制御で落としていますが、その本体は長征5号Bと同等の質量があり、どちらも世界を恐怖に陥れました。

 米ソ・ロシアなどは、こうした事故の反省から、現在においては厳密な制御落下を行っており、それは地上の安全だけでなく、スペース・デブリの低減のためにも重要なことだとしています。今回、中国を非難している論旨も、主にはこの点からです。

 一方で今年3月、スペースX社のファルコン9の第二段ロケットにおいて、軌道離脱のための逆噴射が正常に行われず、その部品が米ワシントン州の農場に落下しています。その事故が大きく報道されていないこともあり中国は今回の件を「誇大報道」と指摘しているのです。

前時代の所業を「棚上げ」する米国

 いま宇宙空間を漂うデブリは、10cm以上のものだけで3万4000個、さらに微小なものを含めると1億3000万個とも言われています。その多くをばらまいたのは米ソ・ロシアです。

 かつて米国はF-15からミサイル(ASM-135)を打って自国衛星を破壊し、デブリを拡散しています。同様の実験は旧ソ連、インド、そして中国も行ってきました。

 そうした前時代の所業を棚に上げる欧米諸国に、「我々の意識は現在さらに高いところにある」、「宇宙開発後進国である中国はさらにリテラシーを上げるべきだ」と指摘されても、中国としては素直に受け入れがたいものがあるでしょう。また、中国が主張するように、今回の西側による報道は、落下の危険を世界に警告するアラートである一方で、中国に対する圧力が多分に介在していることも否めません。

米国が抱く「畏怖」が、中国の勢いを証明

 米国などによるこうした“対中国キャンペーン”が、中国に対する畏怖の念に起因していることは明らかです。近々、国際宇宙ステーション(ISS)が退役・破棄されれば、地球周回軌道上にある宇宙ステーションは、中国宇宙ステーションだけになる可能性があります。

 2018年には月の裏側に史上はじめて無人ローバー「嫦娥4号」を着陸させ、2020年12月には、月からのサンプルリターンに成功し、2030年にはロシアとともに月面基地の建設をはじめようとしています。先月5月14日には、火星探査機「天問1号」のランダーと、探査ローバー「祝融」の着陸にも、米国に続いて世界で2番目に成功しています。

 欧米諸国が一方的に突きつける「世界のルール」に乗っ取らず、習近平の意向と国益を優先する中国の宇宙開発は、今後もさまざまな波紋を呼ぶに違いありません。

出版社の編集長を経て、著者兼フリー編集者へ。宇宙、科学技術、第二次大戦機、マクロ経済学などのムックや書籍を手掛けつつ自らも執筆。自著に『宇宙プロジェクト開発史大全』『これからはじまる科学技術プロジェクト』『コロナショック後の株と世界経済の教科書』など。編集作品に『栄発動機取扱説明書 完全復刻版』『零戦五二型 レストアの真実と全記録』(すべてエイ出版社)など。

【宇宙開発のボラティリティ】は宇宙プロジェクトのニュース、次期スケジュール、歴史のほか、宇宙の基礎知識を解説するコラムです。50年代にはじまる米ソ宇宙開発競争から近年の成果まで、激動の宇宙プロジェクトのポイントをご紹介します。アーカイブはこちら