史上最大のロケットの打ち上げが迫っている。スペースX社が開発中の超大型ロケット「スーパーヘビー」が大型宇宙船「スターシップ」を搭載し、8月中にも打ち上げられそうだ。
これまでに運用されたロケットの中でもっとも巨大なものは、アポロ宇宙船を月面に送り届けたサターンVロケットだが、その全高は110.6m、総質量3,040トン。これに対し、宇宙船「スターシップ」(50m)とロケット「スーパーヘビー」(70m)を合わせた全高は120mで、これは牛久大仏(茨城県)と同じサイズ。そして総質量4,400トンの機体が生み出す推力は、サターンVの約2倍を誇る。
今回は、この過去最大の打ち上げシステムの概要と、特殊な運用方法に関してご紹介したい。
「巨大宇宙船」を打ち上げる「史上最大ロケット」
スペースXが開発中の大型宇宙船スターシップは、その打ち上げテストの様子が広く報道されているのでご存じの方も多いだろう。巨大なイカのような形状をしたスターシップは史上最大の宇宙船であり、ヒトであれば100名、または100トンの積載物を搭載できる。この宇宙船は単独で宇宙へ赴くわけではなく、その下部には史上最大となるロケット、スーパーヘビーが接続され、その推力よって地球周回軌道まで持ち上げられる。
宇宙船スターシップの打ち上げテストは、主に昨年8月から主に計5回行われてきた。テスト機には新型エンジン「ラプター」が3基搭載され(正式運用機は6基を予定)、直近では高高度(最大高度12.5km)まで上昇後、全エンジンを停止して自由落下させ、地上に達する直前にエンジンを再点火し、地上に垂直に自律着陸させる。4機目までは着陸に失敗して爆発、または着陸後に地上で爆発したが、5回目のテスト(SN15号機)では着陸にも成功し、ほぼすべての行程が実証された。
今回行われるスーパーヘビーの初テスト打ち上げでは、上部にこのスターシップ(SN20)を搭載し、短時間ではあるがそれを地球周回軌道に投入する。本来であれば切り離されたスターシップもスーパーヘビーも、それぞれ自律的に地上へ垂直着陸して再利用されるが、今回はともに海上へ着水する。テキサス州から東に向けて打ち上げられ、スーパーヘビーは8分15秒後にメキシコ湾へ、スターシップはキューバ、アフリカ、中国の上空を経て、90分20秒後にハワイの北西100kmのポイントに着水する予定だ。
過去に例がない、独特な打ち上げシステム
昨今、各国が運用する主要ロケットは、液体燃料ロケットを搭載した二段式ロケットだ。有人宇宙船「クルー・ドラゴン」などを打ち上げているスペースX社の「ファルコン9」(全高78.1m)や、欧州の「アリアン5」(59m)、日本の「H-IIA」(53m)などはすべてこの二段式だ。これらの再頂部にはペイロード、つまり軌道に乗せるべき宇宙船や探査機などが搭載される。また、アポロ計画で使用された大型ロケット「サターンV」は三段式だった。
しかし、スーパーヘビー自体は、これほど大型なロケットであるにも関わらず、単段式である。また、その上部に搭載されるスターシップは、最大定員100名の宇宙船でありながら、第二段ロケットの役割も果たす。より重いペイロードをより遠くへ運ぼうとするほどロケットは大型化し、それにともない段数も増える、というのが過去のロケット設計における一般的な考え方だが、スターシップとスーパーヘビーはそれとは一線を画すシステムであり、過去にない形態を持つ稀有な宇宙機といえる。
3名を月に送る vs 100名を火星に送る
スターシップとスーパーヘビーの特異性をよりご理解いただくために、ロケット打ち上げの基本原理を少々ご説明したい。
宇宙へヒトやモノを送り届けるとき、ロケットはふたつの課題を達成している。ひとつは、高度100km以上と規定されている宇宙までペイロードを上昇させること。これを「打ち上げフェーズ」という。もうひとつは、地面と水平の方向、つまり地球を周回する方向に秒速7.9km以上の初速度をペイロードに与えること。これを「加速フェーズ」という。
上昇すれば大気は薄くなり、燃料が減り、下段を切り離せばさらに軽くなるため、ロケットの速度は刻々と上がる。しかし、垂直上昇するだけでは地球周回軌道に乗れず、高度100km以上に達しても、地球の重量に引っ張られて落ちてしまう。これが弾道軌道であり、大陸間弾道ミサイルはこの軌道をたどる。
ロケットが必要な高度を獲得しつつ、水平方向の速度が秒速7.9km以上に達したとき、ペイロードは地球周回軌道に乗る。このとき、ペイロードはやはり地球の重力に引っ張られて落ち続けるが、地球は丸いので地面に届かず、その結果地球を周り続けるのだ。
このふたつの課題をクリアするため、垂直に打ち上げられたロケットは、すぐさま姿勢を傾斜させ、徐々に水平姿勢へと移行する。それを目で追い続けたとき、ロケットは天空に消えるのではなく、弧を描きながら地平線へと消えていく。
▼「高度100km以上」の宇宙軌道へ 必須速度は「秒速7.9km」
打ち上げられたロケットの獲得高度と初速度の推移を具体的に見ると、以下のようになる。まずは、宇宙船クルー・ドラゴンを搭載したファルコン9(二段式)。記した時間は打ち上げからの経過時間だ。
《2分40秒》
第一段エンジンを停止
高度80km、秒速1.9km
続いて第二段エンジンを点火
《9分》
第二段エンジンを停止
高度200km、秒速7.5km
《その後、第二段を切り離す》
宇宙船のスラスターを噴射
(地球周回軌道への投入完了)
ISSの高度410kmまで上昇
また、アポロ計画で使用されたサターンV(三段式)の場合は以下のとおりだ。
《2分15秒》
第一段エンジンを停止
高度66km、秒速2.75km
続いて第二段エンジンを点火
《9分》
第二段エンジンを停止
高度180km、秒速7km
続いて第三段エンジンを点火
《11分40秒》
第三段エンジンを停止
高度188km、秒速7.9km
(地球周回軌道への投入完了)
《2時間44分》
第三段エンジンを再点火
月へ向かう長楕円軌道へ
サターンVの場合、最後の第三段エンジンを再点火することによってその軌道を極端な楕円にする。つまり、地球を周回する長楕円軌道におけるもっとも地球から遠くに位置するポイント(遠地点)を、38万km離れた月に到達させることによって、アポロ宇宙船は約3日間のクルーズを経て、月に到達することができるようになる。
この2例によって、ロケットというものが驚異的なスピードで上昇し、加速している様子がわかるだろう。高度100kmの宇宙へ到達するのに、ファルコン9は2分55秒、サターンVは3分30秒しか要しないのだ。
スターシップとスーパーヘビーにおける打ち上げシークエンスは、高度と速度は未定ながら、以下のタイムスケジュールが公表されている。第二段(スターシップ)のエンジンを停止した時点で、その機速は秒速7.5kmに達するとされている。
《2分49秒》
第一段エンジンを停止
(スーパーヘビー分離)
続いて第二段エンジンを点火
《8分15秒》
スーパーヘビー着水
《8分41秒》
第二段エンジンを停止
《90分20秒》
スターシップ着水
既存ロケットとまったく違う スターシップの打ち上げ行程とは?
スターシップとスーパーヘビーの運用方法は、先述したような多段式ロケットとは少々異なる。宇宙船スターシップの乾燥質量(燃料未搭載の質量)は120トンであり、積載物を100トン搭載すれば総質量は220トンになるが、これをスーパーヘビーは単独で、地球を周回する低軌道(高度100~2,000km)に到達させなければならない。その推力を獲得するために、スーパーヘビーはラプター・エンジンを28基搭載する。
火星など、スターシップを極力遠方へ到達させようとしたとき、打ち上げ時にはそこに最低限の燃料しかを注入しない。まずは積載物だけを満載したスターシップを地球周回軌道へ上げ、同時に、燃料を満載したスターシップ「タンカー」をもう1機打ち上げ、軌道上で補給し、それが完了すると地球へ帰還して再利用される。こうすることで宇宙船スターシップは、トータル1,435トンの宇宙船を火星へ送ることが可能となる。サターンVが月へ送り届けたアポロ宇宙船と月着陸船の総質量が45トンであることを考えれば、スターシップとスーパーヘビーによるシステムが、いかに拡張性の高いものであるかがわかる。
スターシップを地球周回軌道上で使用する場合は、既存の宇宙機のように機体の一部を投棄することなく、スペースシャトルと同様、そのまま大気圏に再突入し、そして再利用される。また、宇宙船スターシップは、今年4月にNASAによって、アルテミス計画における月面着陸船にも選定されているが、この場合、打ち上げられたスターシップは地球に帰還せず、月周回軌道を回る中継ステーション「ゲートウェイ」と月面の間の往復機となる。
スペースX社は、スターシップとスーパーヘビーを運用するために、独自の射場基地「スターベース」を米テキサス州ボカ・チカに建設した。先述の打ち上げテストもすべてここで行われ、スーパーヘビーが着陸する際に機体を保持するためのタワーも現在建設されている。
イーロン・マスク氏は、この宇宙機によって人類を月だけでなく、火星にも送り込もうとしている。米本土においては、これまで有人宇宙船は主にフロリダ州にあるケネディ宇宙船から打ち上げられてきたが、テキサス州が火星への玄関口になる日は、それほど遠くないかもしれない。
【宇宙開発のボラティリティ】は宇宙プロジェクトのニュース、次期スケジュール、歴史のほか、宇宙の基礎知識を解説するコラムです。50年代にはじまる米ソ宇宙開発競争から近年の成果まで、激動の宇宙プロジェクトのポイントをご紹介します。アーカイブはこちら