誰の身にも降りかかる「相続争い」
相続争い-。多くの人は、「自分には関係ない」と思っているのではないでしょうか。自分の家族は仲良しだからそんなこと起きっこない、と。しかし、厳しい言い方ですが、それはまあ幻想と言ってしまって良いでしょう。相続争いに巻き込まれた人の大半が、「自分がこんな相続争いの渦中にいるなんて」と、ある日言葉を失いながら立ち尽くすのです。そう、相続争いは誰の身にも降りかかるものなんです。
「相続争い」と聞いて抱くイメージはどんなものでしょう。親の他界後、親が残したお金を取り合うという醜い争いといったイメージを持ったりしていませんか? 私は、そのイメージは必ずしも当たっているとは思いません。というか、かなりの件数の相続争いで、その本質が実はお金のもめ事ではないと明らかになるケースが多々あります。
ある姉妹がいました。親が他界して、ふたりが相続することになりました。二人とも互いに「半々でいい」と言っています。ならば争いなど起きようがないと思いませんか? しかしです。この姉妹、その後大変な相続争いになるんです。
争いの始まりは、ちょっとした意見の相違でした。相続財産に預貯金以外、2つの不動産建物があったのです。そしてそのうちの1つに姉が住み、残りの1つは賃貸をしていました。賃貸物件については売却してしまおうということになり、これについては二人とも異議なしだったのですが、残りの不動産について意見が割れたのです。姉は「自分が住む」と言いましたが、妹は売ることを希望しました。
姉がそれを拒否すると、妹は「ならば代償金を払ってほしい」と言い、通常よりもはるかに高額の代償金を求めてきたのです。
姉は怒りました。
「母にとって思い出の家なのに、売れなんて。私が売らないことを知りながらこんな高額なお金をふっかけてきたんだわ」
その後、調停になり、いろいろな書面の応酬があり、妹の気持ちが徐々に見えてきました。どうやら妹は、母と姉の関係にずっと長い間嫉妬していたのです。母が姉をえこひいきし続けてきたと思い、そのことに対して最後の抵抗を試みていたのです。
“長男優先”的な価値観に対する反発
会社を経営していた方がお亡くなりになった場合、会社事業の承継問題というテーマも起きます。その際、長男に継がせたいと考える経営者もまだまだ多いです。そして、そういった考えの方は、財産の散逸を防ぐためにも、長男に多くの財産を残そうとするのです。それによって、紛争が起きるということも多々あります。
ここでの対立は、新旧の価値観の対立と言っていいと思いますが、「新」=正義で、「旧」=悪という単純な考えでは、このもつれた糸を解きほぐすことは難しいのではないでしょうか。確かに、長男優先という価値観は古いと言えるでしょう。それが正しいとも思いません。
しかし、経営者として自身が他界した時に最も懸念されるのが、会社の財産が散逸し、結局会社が維持できなくなってしまうことです。この悩みは切実です。現代の民法は徹底して平等主義を採用しています。それは憲法14条の法の下の平等に則ったものです。
現代日本において、平等は間違いなく正義なのです。次男や次女たちは、「平等であれ!」と声を上げます。彼らの声は切実であり、そしておそらく正当なものでしょう。なのにその結果、会社が消失していってしまう。
経営者の方々の多くは、こうした矛盾にぶつかり、最終的に憲法的正義よりも現実の要請を優先するのです。その結果、相続人間で激しい相続争いが起きてしまいます。
相続争いは家族の負の感情の積み重ね
こうした相続争いは、それまで過ごしてきた家族の負の感情の積み重ねの結果なのです。それまでは、何となく争いを避け、なあなあで過ごし、嫌なことに目隠ししてやり過ごしてきたのですが、最後に火山の噴火のようにドカンと勃発してしまう。だから、相続争いは、最後1万円程度のことでも絶対に譲らないと意地の張り合いになったりするのです。
そう、繰り返しになりますが、相続争いは、お金の争いのように見えて、お金じゃないんです。
「なぜ私を持って愛してくれなかったの?」
「なぜ私を信じてくれなかったの」
「なぜあなたはいつも私に上から目線でい続けたの?」
そういった心の叫びがお金の争いに代わっただけなのです。
解決法の一つは、遺言です。もちろん、ただ遺言をすれば良いというものではありません。大切なのは遺言を作るプロセスです。遺言を作る際に、私は家族の誰にも知られずにひっそりと作ることはやめた方が良いと言っています。
むしろ家族全員に遺言を作ることを伝えて、その中身も知らせておくべきです。そしてなぜそのような遺言書を作るのか、子供たちに言って聞かせておくべきでしょう。自分がどんな考えでその遺言を作ったのか、家族に伝えておけば、家族もその遺言を尊重しようという気持ちになるでしょうし、仮に納得がいかないということであれば、生きている間に話し合いができます。そうやって家族間の理解を深める努力をすべきです。
高齢社会が日本の家族の絆を深める契機に
日本社会には、なあなあというか、うやむやというか、割と曖昧なまま誤魔化し続けて人間関係をつなぎ続けるという風土があるような気がします。それはそれで、日本人の「知恵」と言える部分もあるかもしれません。
物事をひとまず曖昧なまま棚上げし、解決を将来に委ねるというのは、時に、賢明な判断だったりもします。しかし、あまりに曖昧な解決を乱発すると、それは結局、ただ嫌なことを先送りしているだけとなってしまいます。将来に紛争の火種を残すばかりか、どんどん火薬を仕込み続ける、そんな罪なことをしていませんか?
皆さんは、家族に対して無責任になってしまっていませんか? 家族と向き合っていますか? 改めて、考えてみてください。
【まさかの法的トラブル処方箋】は急な遺産相続や不動産トラブル、片方の親がもう片方の親から子を引き離す子供の「連れ去り別居」など、誰の身にも起こり得る身近な問題を解決するにはどうしたらよいのか。法律のプロである弁護士が分かりやすく解説するコラムです。アーカイブはこちら