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東京五輪で躍進…“自転車大国”日本の持続可能なまちづくりに期待

楠田悦子

 環境にやさしいまちづくりを進める欧州

 列島がメダルラッシュに沸いた東京五輪。梶原悠未選手(筑波大大学院)が自転車トラックレースの女子オムニアムで日本女子初の銀メダルを獲得した。日本史上最年少の金メダリストで話題になったスケートボードとともに斬新な都市型スポーツとして注目され、アクロバティックな技を披露する自転車BMXフリースタイル男子パークでは中村輪夢選手が5位に入賞した。

欧州では、自転車を交通の主軸に据えたCO2排出ゼロのまちづくりが進んでいる(Getty Images)※画像はイメージです
自転車女子オムニアムで銀メダルとなり、客席に手を振る梶原悠未選手=伊豆ベロドローム(松永渉平撮影)

 普段乗っている自転車だが、マウンテンバイク、ロード、トラック、BMXなどのカテゴリーに分かれ、種類も豊富。使い方一つで驚異的なパフォーマンスが可能で、クルマのようにスピードが出ることに「おもしろい」と思った人も多いに違いない。

 パラリンピックでも8月25日からロード、トラックのカテゴリーで、障害の程度に応じて細かく51種目が行われる予定だ。手で回して走るハンドサイクル、視覚に障害がある選手が乗る2人乗りのタンデム自転車、三輪自転車など多様な自転車が見られるほか、さまざまな障害を向き合いつつスポーツで結果を出していくアスリートの姿から目が離せない。

 そして、世界的にこの自転車がまちづくり分野でも注目されている。

 2024年に夏季五輪を開催するフランスの首都パリでは、クルマを使わず徒歩や自転車で、15分でアクセスできる街にするという、環境に配慮した都市政策「15分シティ」構想を推進している。新型コロナウイルスの流行で地下鉄やバスが思うように使えなくなったため、代わりに自転車道の拡幅を進めた。

 また、2012年に夏季五輪を開催したイギリスの首都ロンドンは、環境にやさしい持続可能なオリンピックを目指して、自転車政策を目玉の一つに据え、自転車レーンをつくり、自転車シェアリングが使いやすい環境を整えた。コロナ禍の影響もあり、さらに徒歩や自転車のためのインフラ投資に20億ポンド(約2990億円)を拠出するのだそうだ。

 ドイツもコロナ対策に臨時的に作った自転車道「ポップアップ自転車レーン」を恒常化させている。

 イギリス、フランス、ドイツ以上に自転車に力を入れてきた国はオランダと、日本人にはあまり自転車のイメージがないデンマークだ。自転車を交通の主軸に据えて、CO2排出ゼロの都市を作ろうと進めている。両国とも、自転車でできるだけ安全に遠くへ楽しく移動できるように、道路インフラ、景観、教育も含めた社会の仕組みが最適化されている。

 実は日本は“自転車大国”

 欧州と比較すると、イメージでは日本の方が自転車に乗っていないようなイメージを持つのではないだろうか。実はその逆で、サイクリング・イン・ネザーランドによると、日本はオランダ、デンマークに次いで自転車を日常的に使っており、その後にドイツ、オーストリア、スイス、ベルギーなどの順なのだ。自動車を基幹産業として持ちながら、自転車も乗っている非常に珍しい国ともいえる。

 なぜ日本はこれほど自転車を日常的に使ってきたにもかかわらず、自転車のイメージがないのだろうか。その理由の一つは国や自治体が政策として、自転車を積極的に使ってこなかったからだ。

 日本初の「自転車活用推進計画」

 そんな日本であったが、2018年に「自転車活用推進計画」がはじめて誕生。2021年の今年、計画期間を2025年度とし第1次計画をもとに更新した「第2次自転車活用推進計画」が閣議決定された。

 日本の計画は次の6つの点を目標に掲げている。自転車交通の役割拡大による良好な都市環境の形成、サイクルスポーツの振興などによる健康長寿社会の実現、サイクルツーリズムの推進による観光立国の実現、自転車事故のない安全で安心な社会の実現、多様な自転車の開発・普及、損害賠償責任保険などへの加入促進だ。

 日本人にとってあまりに身近であったから、欧州と比較すれば、日本の自転車の政策の盛り上がりのスピードは遅かった。自転車は乗っている間にまったくCO2の排出がなく、健康の効能もあり、スポーツや観光としても楽しめ、乗り続けていたら高齢になっても乗れる最も実用的な移動手段だ。今年の五輪を機に、通勤や通学以外の自転車のさまざまな楽しみ方が浸透し、自転車による持続可能なまちづくりが日本でも進められることを期待したい。

心豊かな暮らしと社会のための移動手段・サービスの高度化・多様化と環境を考える活動に取り組む。自動車新聞社のモビリティビジネス専門誌「LIGARE」創刊編集長を経て、2013年に独立。国土交通省のMaaS関連データ検討会、自転車の活用推進に向けた有識者会議、SIP第2期自動運転ピアレビュー委員会などの委員を歴任。編著に「移動貧困社会からの脱却:免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット」。

【大変革期のモビリティ業界を読む】はモビリティジャーナリストの楠田悦子さんがグローバルな視点で取材し、心豊かな暮らしと社会の実現を軸に価値観の変遷や生活者の潜在ニーズを発掘するコラムです。ビジネス戦略やサービス・技術、制度・政策などに役立つ情報を発信します。更新は原則第4月曜日。アーカイブはこちら