2021年、世界各国のロケット打ち上げ回数が大幅に増加している。
特筆すべきはアメリカだ。2019年に27機だった年間打ち上げ数が、2021年には66機を予定。とくにスペースX社の再利用型のロケット「ファルコン9」は、2020年の年間打ち上げ回数は25機だったが、2021年は38機を予定している。
アメリカのベンチャー企業の躍進も打ち上げ数の伸びを大きく後押ししている。アメリカのロケット・ラボ社の「エレクトロン」や、ヴァージン・オービット社の「ランチャーワン」などが、自社開発した小型ロケットの商業利用を徐々に安定化させ、企業や研究機関の小型衛星の打ち上げを数多く受注しているのだ。
2019年には米ロを抜いて世界一の打ち上げ国となった中国(34機)は、2020年は39機を打ち上げ、2021年には49機の打ち上げを予定し、着実にその数を伸ばしている。通信衛星、データ中継衛星など軍事色の濃いものだけでなく、気象衛星、地球観測衛星、宇宙ステーションのコア・モジュールなど、あらゆる衛星を数多く打ち上げていて、宇宙における覇権を欧米に独占されないよう、その配備を急いでいる。
2020年からファルコン9が有人宇宙船も打ち上げるようになると、当時、唯一の有人打ち上げシステムだったロシアのソユーズの需要は少々下がったかに思えた。しかし、経済状況の悪いロシアにとってロケット・サービスによる外貨獲得は重要であり、2021年にはここ数年でもっとも多い28機を予定している。さらにインドも独自ロケットを安定化させるべく、着実に打ち上げ回数を伸ばしている。
こうして世界のロケットの打ち上げ回数は、たった2年間でなんと59%増の162機までその数を増やそうとしている。ここに挙げている機数は軌道用ロケットだけの数字であり、弾道軌道用ロケットを含めるとその増加率はさらに増すことになる。
ただし、莫大なエネルギーを制御しなければいけないロケットには常にリスクがつきまとう。打ち上げ回数が増え、新開発されるロケットが多くなれば、打ち上げや軌道投入への失敗なども多くなる。
今回は、この1年間で発生したロケット事故、軌道投入失敗、打ち上げテストの失敗などを5例ほど紹介したい。幸運なことに人命を奪った事故は、2003年のスペースシャトル「コロンビア号」以降には発生していない。
▼2021年8月29日(日本時間、以下同) アストラ・スペース社「Rocket3.3」
アメリカの民間宇宙企業であるアストラ・スペース社が打ち上げた「Rocket3.3」は、米アラスカ州コディアックにある太平洋スペースポート(PSCA)から打ち上げられた。打ち上げ直後、第1段に搭載されたエンジンの1基が停止。機体は横滑りしたような挙動を見せつつ高度約50kmまで上昇したが、しかし2分30秒後、5基すべてのエンジンをシャットダウンする指令が出され、沖合に制御落下された。
この二段式の液体燃料ロケットには米宇宙軍から請け負った衛星を搭載していたが、それが同時に失われている。
▼2021年8月12日 インド宇宙研究機関「GSLV MK-II」
インド宇宙研究機関(ISRO)がサティシュ・ダワン宇宙センターから打ち上げたロケット「GSLV MK-II」は、第三段ロケットのエンジンへの点火に失敗。制御不能に陥り、同国の地球観測衛星「EOS-03」もろともインド洋に墜落した。
このロケットは三段式の液体燃料ロケットで、全長50.9m。静止軌道に約2.3トンのペイロード(荷物)を投入できるインドの主力ロケットのひとつだ。今回が同モデル14回目の打ち上げだったが、2010年12月の7号機に次いで6回目の失敗となった。
▼2021年5月15日 ロケット・ラボ社「エレクトロン」
アメリカとニュージーランドの企業であるロケット・ラボ社が開発したロケット「エレクトロン」は、人工衛星打ち上げ用の小型液体燃料ロケットであり、全長17m。低軌道へ400kg、太陽同期軌道へ約100kgのペイロードを投入することができる。1回の打ち上げ費用は490万ドル(約5億4000万円)とされ、2021年度にはすでに4機、トータル8機の打ち上げが予定されている。
問題となったのは、今年3機目となる20号。ニュージーランドにある専用射場から打ち上げ後、2段エンジンの点火直後にエンジンが緊急停止。軌道投入に失敗した。このロケットは一部が再利用型であり、1段目の洋上回収には成功している。
▼2020年11月16日 アリアンスペース社「ヴェガロケット」
欧州宇宙機構(ESA)が開発したロケットの商用打ち上げは、アリアンスペース社(本社フランス)が請け負っている。このヴェガもESAによるロケットであり、全長は30m。南アメリカにあるフランス領ギアナにあるギアナ宇宙センターから打ち上げられる。
人工衛星専用の比較的小型なロケットでありながら4段式であり、1段から3段は個体燃料ロケット、4段にだけウクライナ製の液体燃料エンジン「RD-843」を搭載している。しかし、極軌道へ向けて打ち上げられてから約8分後、その4段目のエンジンが点火された直後から予定軌道から逸脱していることが判明。そのまま軌道投入失敗が確認された。
このとき打ち上げられたヴェガは17号機だったが、前年2019年7月にも15号の打ち上げに失敗していた。この軌道投入失敗によって、スペインの地球観測衛星「SEOSAT-Ingenio」とフランスの科学衛星「TARANIS」が失われた。
▼2020年9月7日 中国国家航天局(CNSA)「長征4号B」
中国が多用する人工衛星用のロケット「長征4号B」は全長45.6m、三段式の液体燃料ロケットである。2020年9月には地球観測衛星「Gaofen-11 02」を搭載し、そのモデルの通算345回目の打ち上げが行われた。
中国の山西省にある太原衛星発射センターから打ち上げられた長征4号Bは、発射から間もなくして第一段が陝西省の学校の近くに墜落。現場にはオレンジ色の煙が立ち込めた。衛星追跡サイトを見ると、ペイロードであるGaofen-11 02は高度490kmの極軌道へ投入されたことが確認できる。
中国のロケット発射場は、かつて防衛上の観点から内陸部に作られた。そのため、こうしたロケットの打ち上げ失敗によって民家などが被害を受ける事故が相次いでいる。
急速に打ち上げ回数を増やす中国では、これ以前の7月10日にも新開発ロケット「快舟十一号」が初打ち上げに失敗しており、さらに同年4月10日には「長征3号B」が、インドネシアの人工衛星「Palapa N1」の軌道投入に失敗。第3段に発生したトラブルにより、ロケットは衛星とともに大気圏に落下している。宇宙大国を目指すものの、ロケットの打ち上げ精度は、欧米や日本にはまだ追いついていない。
打ち上げが急増する以後10年 問われる安全性と宇宙マナー
大陸間弾道ミサイルから発展したロケットは、かつては米ソとその軍需産業によって推進される国家プロジェクトだった。しかし、2000年代に入ってその門戸が本格的に開放されたことにより、ベンチャーをはじめとした多くの民間企業が宇宙産業に参入できるようになった。
ロケットの打ち上げ回数が増えれば、それに関連するトラブルや事故も増加する可能性が大きい。あまり大きく報道されないが、宇宙先進国であるはずのアメリカにおいても、そうした出来事がすでに散見される状況だ。
日本を含む欧米諸国と、ロシア、中国などは、これからの10年間で宇宙ステーションを完成させ、月面基地の建設にも着手する予定だ。ロケットの打ち上げ回数はさらに増えるだろう。宇宙という国際サロンを正しく活用するには、スペース・デブリへの対処を含め、より厳格な運用管理と法整備が必要となるに違いない。
【宇宙開発のボラティリティ】は宇宙プロジェクトのニュース、次期スケジュール、歴史のほか、宇宙の基礎知識を解説するコラムです。50年代にはじまる米ソ宇宙開発競争から近年の成果まで、激動の宇宙プロジェクトのポイントをご紹介します。アーカイブはこちら