大変革期のモビリティ業界を読む

報道を鵜呑みにするな 課題は“耐久性”…自動運転の礎を築くAI運行バス

楠田悦子

 ドライバ―のいない自動運転車両やサービスのニュースは受け取り方が非常に難しい。ニュースリリースを発表する企業側は、事実に基づきながらも一歩先の未来を見せたり、企業の価値を上げるような表現や映像を用いたりする。報道する側は、自動運転車両やサービスに詳しくない人も多く、たとえ専門家であっても、車両やサービス、道路、制度などドライバ―のいない自動運転車両やサービスの構成要素について、バランスよく理解する人も少ない。そのため、断片的な知識をもとに自身の中で独自の自動運転サービス像を作って信じ込む人が多い。まだ完成されていないテクノロジーとサービスであるがゆえだ。どのような点に気を付けてニュースを見ればよいのだろうか。

 「負けたと思ったことは一度もない」

 ドライバ―のいない自動運転車両やサービスは、タクシー、バス、トラックといった商用の旅客や貨物運送の形態に近くなると言われている。自動運転サービスをとらえる際に大切なことは何か。横浜のみなとみらい地区で今年9月21日から10月31日まで行われている日産自動車とNTTドコモの実証実験を通して考える。

 この実証実験は、これまで21都道府県、46エリアで、約48万人の運行実績のあるNTTドコモのAI運行バスと、2018年と2019年に実証実験を重ねてきた日産の商用EV「e-NV200」ベースの自動運転車両を用いて行われている。

 Google系列のWaymo(ウェイモ)が米アリゾナ州やサンフランシスコ州で自動運転タクシーサービス、航続距離の競争、北米横断、Cruise、AutoX Technologies、Pony.ai、Argo AIなどや中国の自動運転の取り組みといったニュースが飛び込んでくるたびに、海外は進んでいて日本が遅れているイメージが先行する人も多いだろう。

 しかし、北米を横断する道路環境と言えば、建物もなく、人もいない広大な環境だ。そしてアリゾナ州といえば、砂漠の中に都市がある。また中国は、自動運転がしやすい環境をつくって走らせている。

 一方、横浜のみなとみらいは、高い建物がひしめき合い、歩行者、自転車、クルマが混在し、自動運転のために作られた道路でもない。日産自動車で自動運転の車両開発を担当者は「われわれは非常に難しい環境下で実施している。技術で他社に負けたと思ったことは一度もない」と話す。

 日産に限らず、自動運転車に取り組む他社も「アメリカの環境であれば、われわれもできる。ACCのレーンキープで行けてしまう」と口にする。

 Waymoがアリゾナ州とサンフランシスコ州に留まり、日本に展開されない理由は、アメリカと日本では道路環境が異なるためだ。「Waymoはアリゾナから出られない」とも揶揄(やゆ)される。

 このように海外の開発競争のシナリオでの勝敗に一喜一憂していても、あまり意味がないのだ。

技術もビジネスに持って行く視点

 日産が自動運転サービス用の車両を検討する際に大切にしている点は、できるだけ航続距離の長い自動運転車を開発することではない。みなとみらいで実用化するためには、どのような機能が必要で、それに必要なセンサー機能が、実際に組めるかどうか、常に実用化を意識して、車両側の技術担当者とサービスを検討する担当者とが連携して進めている。

 課題となっている点は、耐久性なのだという。例えば光の反射を利用して物体を立体的に把握するライダーは自動運転に最も欠かせないセンサーだが、現在では3カ月しかもたない可能性がある。これでは短期間の技術実証に耐えることができたとしても、商用として実際に使えない。

 日本がちょうどいい環境かも

 今回のみなとみらいの実証実験は、日産とNTTドコモによるものだが、両者ともそれ以外の企業と連携をしないのかというと、そうではない。日産はNTTドコモ以外と組む可能性もあり、NTTドコモは日産以外と組む可能性がある。

 自社の自動運転車両を持って行けばどこでもできるかというとそうでもない。その地域でユーザーをしっかり持っていて、メンテナンスやオペレーションができるパートナーである必要がある。同社は日本以外にも、アメリカ、イギリス、中国でも自動運転に取り組んでいる。

 NTTドコモとしても、AI運行バスを展開していく地域で、相性のよい企業であれば、日産にこだわらず組んでいきたい考えだ。

 このように商用の自動運転サービスでは、リージョンバイリージョンの考え方に基づいている。

 自動運転の展開のしやすさについて、日本は規制が多く、実証実験には不向きとのイメージがある。日産の技術担当者に聞くと「実は日本の環境も悪くない。日本がちょうどいいかもしれない」と意外な返答が返ってきた。

 その理由は、日本は国が定めた共通の交通法規があり、保安基準ある。一方、アメリカは、交通法規は州ごとに異なり、保安基準については自社で基準を設ける必要があり、事故が発生した際の責任などを考えると、設定が難しい。中国は国主導で予測がつかないため、開発がしにくいのだそうだ。

 AI運行バスでの実用化

 自動運転を用いたAI運行バスはいつ実用化されるのか。明確な目標年を定めることは難しそうであった。そう遠くはないが、来年、再来年ではなさそうだ。しかし、試乗や取材を通じて、国のロードマップを念頭に置きながら、自動運転車の量産や市場投入を目指して、着々と進めていると体感できた。

 したがって、ドコモのAI運行バスなどのモビリティサービスの普及が自動運転のベースを築き、法律や技術的な問題が解消された時に、すぐさま自動運転が導入されていく未来を実感した。

 このように、自動運転に関するニュースが飛び込んできたとき、報道を鵜呑みにせずに、「本当にそうか?」と問いかけながら読んでみることを勧めたい。

心豊かな暮らしと社会のための移動手段・サービスの高度化・多様化と環境を考える活動に取り組む。自動車新聞社のモビリティビジネス専門誌「LIGARE」創刊編集長を経て、2013年に独立。国土交通省のMaaS関連データ検討会、自転車の活用推進に向けた有識者会議、SIP第2期自動運転ピアレビュー委員会などの委員を歴任。編著に「移動貧困社会からの脱却:免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット」。

【大変革期のモビリティ業界を読む】はモビリティジャーナリストの楠田悦子さんがグローバルな視点で取材し、心豊かな暮らしと社会の実現を軸に価値観の変遷や生活者の潜在ニーズを発掘するコラムです。ビジネス戦略やサービス・技術、制度・政策などに役立つ情報を発信します。更新は原則第4月曜日。アーカイブはこちら