まさかの法的トラブル処方箋

「異臭がする!」 一筋縄ではいかない“事故物件”の相続と部屋の片づけ

上野晃

 ある不動産オーナーさんからの依頼でした。家賃が滞納しているということで借主に退去してほしいというのです。いわゆる「建物明渡訴訟」というものです。訴訟を提起し、期日が決まってしばらくした頃、近隣住民から「異臭がする!」との通報がありました。警察官立ち会いの下、中に入ってみると、居住者が死亡していました。遺体は腐敗しており、フローリングなど部屋の内装に臭いが浸み込んでしまっていました。いわゆる「事故物件」です。

 部屋の中の家具・家電は誰のもの?

 事故物件については、最近いろいろとメディアで話題になっています。東京都内のマンションを調べると、事故物件は山のようにあるそうです。事故物件となった場合、そのマンションの賃料相場は下落します。半額以下で貸し出されることも珍しくありません。こうした安い賃料で貸し出される事故物件をむしろ狙って探す若い人もいたりして、事故物件はいろんな意味で多くの人に興味を持たれています。

 ところで、部屋の中で居住者が死亡していることが分かった場合、居住者の遺体は運び出されるとしても、中にあるテーブルなどの家具、冷蔵庫、テレビといった家電などの動産類はどうなるのでしょうか。それも一緒に運び出せばいいじゃないか?

 いやいや、そんな簡単にはいかないんです。

 居住者が死亡した場合、部屋の中の動産類は一体誰の所有になるのでしょうか?

 そうです、相続人です。つまり、部屋の中の動産類は相続人のものになるのですから、相続人の了解なく勝手に処分することはできなくなります。

 「そうは言っても、不動産オーナーさんは部屋の所有者なんだよ。その部屋に勝手にモノを置いておいちゃダメじゃないの? だからオーナーさんが荷物を片付ける分には何の問題もないんじゃあ…」

 そんな意見も聞こえてきそうです。しかし…ダメなんです。なぜなら、亡くなった居住者は部屋の賃借人だからです。そして相続人は、動産類だけでなく、部屋の賃借権も相続するのです。だから、たとえ不動産オーナーさんであっても、正当な権限でその部屋に動産類を置いている賃借人(相続人)の了解なく、その動産類を片付けるのは違法となってしまうのです。

 事故物件による負債を引き継ぐ相続人

 では、この場合、法的にどういった対応をするのが正解なのでしょう?

 まずは相続人の了解を得ることです。例えば、「この部屋の賃貸借契約が解除されることに合意します。そして、残された動産類については所有権を放棄するので処分してもらって結構です」といった文面の書面にサインをもらう。相続人が複数名いる場合であれば、(遺産分割協議が整っていない限り)相続人全員の同意が必要になります。

 これだけ聞けば、ちょっとだけ手間だけどそれさえ済ませれば処分できるんだからやろうよ、ということになりそうです。が、ここに問題があります。事故物件の場合、かなりの確率で相続人の同意が得られないのです。なぜでしょうか?

 事故物件になっているようなケースで、死亡した居住者が資産家であったというようなケースはまずありません。資産家とまではいかなくとも、そこそこの預貯金があったというケースも少ないです。つまり、多くは資産がないのです。もし、相続人が相続をしたら、何の資産もない居住者から事故物件による負債だけを引き継ぐということになってしまいます。

 事故物件に残された猫…現行法の問題点

 事故物件による負債って、原状回復費用や将来の賃料下落分の損害など大変な額になります。そうした多額の負債だけを引き継ぐなんて、誰だってご免でしょう。ですから、多くの相続人は、相続放棄という道を選択します。相続人全員が相続放棄をした場合、相続人がいなくなってしまいます。この場合、相続財産は国庫に帰属することになり、部屋の動産類を片付けてほしい不動産オーナーさんは、裁判所に相続財産管理人を選んでくださいという申立てを行うことになります。申立てをして数か月後、裁判所に相続財産管理人が選任され、その人と協議して部屋の動産類を片付けることになります。

 こうした現行法による部屋の片づけには大きな問題があります。一番の問題は時間がかかり過ぎることです。事故物件はただでさえ臭いが充満します。部屋の片づけ清掃などを行えないまま何カ月も放置せざるを得ない事態となっては、その部屋の臭いは壁という壁に浸透してしまい、脱臭は極めて困難となってしまうでしょう。部屋の資産価値は底をつき、不動産オーナーさんの損失は計り知れないものとなってしまいます。

 先日、こんな質問もありました。

 「亡くなった部屋の中に猫がいます。これって法律では動産なんですよね? 相続財産管理人を選任してとか何とか言ってる間に死んでしまいますけど、それでも法律はそうしろと言うんですか? おかしくないですか?」

 私は、人道的な措置として、「オーナーさんが一時的に預かるというのであれば、違法とまでは言えないでしょう」と回答しました。しかし法の不備によって、こんな当たり前のことですら悩ましい問題となってしまうなんて、と非常に腹立たしい気持ちになりました。

 事故物件は看過できない重要な問題

 われわれは今、超高齢化社会の只中にあります。これからますます高齢社会は進むのです。一方で離婚は頻発し、また一方で生涯未婚率は上昇し続け、独居老人はこれからも増え続けるでしょう。孤独死のリスクを抱える人は年々増えていきます。

 加えてわが国は自殺率ランキング上位国です。今後も自殺者が減っていくという見通しは聞こえてきません。つまり、事故物件は私たちが見ぬふりをしたいものの、見過ごすわけにはいかない重要な問題なのです。

 現行法で事故物件に関連する諸問題は解決できていません。立法府には早急にこの問題の抜本的な解決に向けた研究チームを立ち上げることを希望します。

神奈川県出身。早稲田大学卒。2007年に弁護士登録。弁護士法人日本橋さくら法律事務所代表弁護士。夫婦の別れを親子の別れとさせてはならないとの思いから離別親子の交流促進に取り組む。賃貸不動産オーナー対象のセミナー講師を務めるほか、共著に「離婚と面会交流」(金剛出版)、「弁護士からの提言債権法改正を考える」(第一法規)、監修として「いちばんわかりやすい相続・贈与の本」(成美堂出版)。那須塩原市子どもの権利委員会委員。

【まさかの法的トラブル処方箋】は急な遺産相続や不動産トラブル、片方の親がもう片方の親から子を引き離す子供の「連れ去り別居」など、誰の身にも起こり得る身近な問題を解決するにはどうしたらよいのか。法律のプロである弁護士が分かりやすく解説するコラムです。アーカイブはこちら