宇宙開発のボラティリティ

覇権争い激化 中国宇宙ステーション建設は着々、クルーの長期滞在も実現

鈴木喜生

 米国やロシアによる民間宇宙旅行者の誕生が大々的に報道される一方で、中国は独自の宇宙ステーションの建設を着々と進めている。この10月には女性を含む3名の中国人宇宙飛行士が、すでに地球周回軌道上にあるコア・モジュール「天和」へ赴き、以後半年間の長期滞在ミッションに従事している。今回はこの中国宇宙ステーション建設の進捗状況を振り返りたい。

コンテナ・トレーラーと同等サイズの「天和」 完成時の全体質量は90トン

 一部で「天宮」とも呼称されるこの宇宙ステーションは、今年4月29日、その中心施設となるコア・モジュール「天和」が打ち上げられて建設がスタートした。

 天和の質量は22.5t。全長は16.6m、直径4.2mの円筒形で、コンテナを搭載したトレーラー(セミ・トレーラー)とほぼ同じサイズだ。

 中国は過去に宇宙ステーション「天宮1号」(2011年)と「天宮2号」(2016年)を打ち上げているが、それらは単体モジュール型のステーションだった。しかし、今回の宇宙ステーションはT字型に接続される3つのモジュールからなり、中国のステーションとしては過去最大となる。完成時の質量は約90t。「ISS」(国際宇宙ステーション)は約440トンであり、かつてソ連・ロシアが運用した「ミール」は約124トンだったが、それらに次いで史上3番目に巨大な宇宙ステーションになる予定だ。

モジュール「天和」と無人補給機2機、そこに有人宇宙船「神舟13号」が接続

 この中国宇宙ステーションには、現在すでに2機の無人補給船、「天舟2号」と「天舟3号」が接続している。また、今年6月17日には、有人宇宙船「神舟12号」がコア・モジュール天和にドッキングし、はじめてクルー3名が乗り込んだ。彼らは約3ヵ月間に渡ってステーションに滞在し、ロボットアームの支援を受けながら船外活動によって関連機器の組み立てを行い、また、生命維持装置の検証などを完了させ、無事帰還を果たしている。

 そしてこの10月15日、有人宇宙船「神舟13号」がドッキングした。その際のステーションの平均高度は393km、軌道傾斜角は41.35度。神舟13号は自律型の高速ランデブーおよびドッキングモードを採用し、打ち上げからわずか6.5時間で天和へのドッキングに成功している。これは高度420kmのISSへ向かう他の宇宙機と比べても、驚くほど速い到達速度といえる。

 神舟13号は、この宇宙ステーション建設においては神舟12号に続く2回目の有人任務であり、中国の有人宇宙計画としては21回目の打ち上げとなる。今回のミッションでは女性1名を含む3名が半年に渡って長期滞在する予定だ。

 ちなみにこの天和の航跡は、アプリ「Space Station AR」などで可視パス状況をチェックすれば、1~2日に一度程度の割合で、肉眼で観察することができる。

2022年、実験モジュールを2機接続して完成

 今回ドッキングした有人宇宙船「神舟13号」は、来年の春にはアンドッキングして3名のクルーとともに帰還する。その後、おそらく4月ごろに無人補給機「天舟4号」が打ち上げられ、さらなる機材や燃料、クルーのための消費財などがステーションに届けられると、続けて有人の「神舟14号」がドッキングする。そして、そのクルーがステーションに滞在中の2022年5月には実験モジュール「問天」が、8月には同じく実験モジュール「夢天」が打ち上げられ、コア・モジュール「天問」の左右サイドにドッキングするのだ。この2機が接続した時点でこの中国宇宙ステーションは基本的に完成となる。

 中国では「長征シリーズ」(Long March Series)と呼ばれる一連のロケットが使用されているが、有人宇宙船「神舟」の打ち上げには「長征2号F2」(CZ-2F)、無人補給機「天舟」には「長征7号」(CZ-7)、巨大な各モジュールには中国過去最大のロケット「長征5号B」(CZ-5B)が使用されている。

 今年4月にコア・モジュール「天問」が打ち上げられた際には、巨大な長征5号Bの第一段が制御されず、地球上のどこに落ちるか分からない事態になった。これはペイロード(搭載物)であるモジュールが巨大なため、ロケットの第二段のすべてがモジュールとなっていて、つまり第二段はエンジンを搭載しておらず、その超重量物であるモジュールを第一段エンジンとブースターだけでローンチする仕様となっているのが原因だ。

 その結果、重いモジュールを軌道上に届けるためには第一段もほぼ軌道高度まで上がることになる。本来であれば最終的な軌道投入は第二段の推力に任せ、第一段は80km前後の低高度から海上に制御落下されるが、地球周回軌道に乗ってしまう第一段ロケットは、低軌道にわずかにある空気抵抗を受けながら、自然に落下するのを待つ必要があるのだ。

 おそらく、この第一段には落下を制御するためのシステムが搭載されていないと予想されるが、2022年度のモジュール打ち上げまでには、なにかしらの改善が行われるかもしれない。

さらに宇宙望遠鏡を遠隔制御するプランも

 3機のモジュールがドッキングすることで、この中国宇宙ステーションはいったん完成するが、そのオプション計画として2024年、宇宙望遠鏡「巡天」の打ち上げも予定されている。

 直径2メートルの主鏡と2.5ギガピクセルのカメラが搭載される巡天は、ハッブル宇宙望遠鏡の300倍の視野を持ち、10年間で全天の40%を撮影する予定だ。

 巡天は宇宙ステーションと同じ軌道に投入され、常時ランデブーフライトを行うことになる。こうした運用方法が採用されるのは、デリケートな天文観測の弊害になるステーションの反射光や振動を排除するためだ。そして巡天のメンテナンスを行う場合にのみ、宇宙ステーションとドッキングすることになる。

史上はじめて5機の宇宙ステーションが併存する?

 中国が宇宙ステーションの建設を進める一方で、ロシアは今年8月、独自の宇宙ステーション「ROSS」を建設すると発表した。予定どおりにいけば最初のコア・モジュールは2025年に打ち上げられる予定だ。

 また、ISSは2030年ごろまでの運用が予定されているが、その最終段階においては民間企業であるアクシオム・スペース社が新たなモジュールをISSに複数接続し、ISS本体が投棄された以後も、それら複合モジュールだけで存続させるというプランが進行している。

 さらに、NASAは月周回軌道ステーション「ゲートウェイ」の建設を2024年11月までに開始することを目指しており、推進装置を搭載したPPEと居住キャビンであるHALOを、スペースX社のファルコンヘビーで打ち上げる予定だ。

 つまり、一時的ではあるが、地球周回軌道上に4機、月周回軌道上に1機、計5機の宇宙ステーションが併存する可能性があるのだ。10月19日現在、宇宙空間には10名の人間が滞在しているが、いまから10年後、その数は劇的に増えているかもしれない。

 ただし、ロシアのROSSやアクシオム・スペース社によるステーションの建設開始が遅延、または頓挫すれば、ISSが投棄された以後、地球周回軌道上には中国の宇宙ステーションだけが存在する、という事態にもなり得る。いずれにせよ、宇宙ステーションを巡る各国の宇宙覇権争いは、この10年間で大きくそのバランスシートを変え、決定づけられるに違いない。

出版社の編集長を経て、著者兼フリー編集者へ。宇宙、科学技術、第二次大戦機、マクロ経済学などのムックや書籍を手掛けつつ自らも執筆。自著に『宇宙プロジェクト開発史大全』『これからはじまる科学技術プロジェクト』『コロナショック後の株と世界経済の教科書』など。編集作品に『栄発動機取扱説明書 完全復刻版』『零戦五二型 レストアの真実と全記録』(すべてエイ出版社)など。

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