宇宙開発のボラティリティ

金欠NASAの打開策 なぜベゾスが宇宙ステーションを建設するのか

鈴木喜生

 今年7月にみずから宇宙飛行を体験したジェフ・ベゾス氏が、今度はなんと独自に宇宙ステーションを建設することを発表した。国際宇宙ステーション(ISS)の退役が近づくなか、米民間企業による宇宙ステーションの建設計画は、現実味のあるものだけでもこれで3案目となる。

 民間企業がこぞって独自の宇宙ステーション建設を進める理由は、ISS計画の終焉だけではない。その背景に触れつつ、今回はブルーオリジン社によるこの民間宇宙ステーション「オービタル・リーフ(Orbital Reef)」の詳細をお伝えしたい。

容積はISSの90%、居住モジュールは風船式

 民間宇宙ステーション「オービタル・リーフ」の建設計画が10月25日(UTC)、ベゾス氏のブルーオリジン社、ボーイング社、シエラ・スペース社などによって発表された。この大型宇宙ステーションは微小重力研究、宇宙旅行、その他の商業利用のための「多目的ビジネスパーク」として運営され、2030年前後に最初のモジュールが打ち上げられる予定だ。

【ブルーオリジンの商用宇宙ステーション「オービタル・リーフ」】

 まずはその機体構成を見ていきたい。

 完成予想イラストを見ると、大きな窓を持つ3つのコア・モジュールを中心として、その両サイドに6つの追加モジュールが接続されている。コア・モジュールから延びるトラスには、8基の大型ソーラーパネルと4基のラジエーターが展開している。

 科学モジュールの製造や、ステーションの運用・保守などはボーイング社が担当。その下請企業であるレッドワイヤー・スペース社は、ペイロード(搭載物)の操作管理、微小重力研究のサポートなどを行う予定だ。

 また、コアモジュールや、宇宙空間で風船のように膨らむ居住モジュール「ライフ(LIFE)」、宇宙船がドッキングするための結合モジュールなどは、シエラ・スペース社が開発製造を進めている。ステーション全体の居住与圧容積は約750m3であり、それはISSの90%程度とかなり広い。定員は10名が想定されている。

 オービタル・リーフの軌道高度は500kmで、ISSの420kmよりも高い。軌道傾斜角はISSと同じく赤道に対して51.6度であり、そのため地球上のほとんどの国の上空をパスする。つまりそれは、世界中のどの国から宇宙船を打ち上げても、このオービタル・リーフの軌道にアプローチすることができることを意味している。

 現段階ではNASAがメイン・テナント(核店舗)になることが想定されているが、この民間宇宙ステーションは多くのユーザーに開放される予定だ。また、このプロジェクトの開発や運用には米アリゾナ州立大学をはじめとした14大学が加わることになっている。

打ち上げは全高98mのロケット 新型の宇宙船2機種が人員を輸送

 この宇宙ステーションのモジュールの打ち上げには、ブルーオリジン社の大型ロケット「ニューグレン」が使用される。液化メタンを燃料とする新型エンジン「BE-4」とともに開発が進められているが、そのスケジュールは少々遅延ぎみ。しかし、2022年の第4四半期までには初打ち上げが行われる予定だ。

 この宇宙ステーションへの人員輸送には、ボーイング社の有人宇宙船「CST-100スターライナー」と、シエラ・スペース社の「ドリーム・チェイサー」が使用される。

 ボーイング社のスターライナーは、NASAがISSへの人員輸送船を民間企業へ委託するための「商業乗員輸送開発計画」に合わせて開発がはじまった宇宙船で、2014年にはスペースXの「クルー・ドラゴン」とともにNASAに最終選定されている。しかし、2019年の無人テスト飛行でISSへのドッキングに失敗。今年8月に予定していたテストもバルブの不都合のために延期され、現在ではその開発スケジュールが大幅に遅延した状態にある。次の無人テストは2022年前半、初の有人テスト飛行は同年後半が予定されている。

 もう一方のシエラ・スペース社は、軍需企業としても知られるシエラ・ネバダ社の子会社で、宇宙開発事業を専門としている。同社が開発を進める「ドリーム・チェイサー」は、小型スペースシャトルのような形状をした再利用型の有人・補給宇宙船で、すでに大気圏内での滑空テストなどは行っているが、初の打ち上げテストは2022年7月に予定されている。ちなみにこのドリーム・チェイサーは、先述したNASAの選定において、最終選考でクルー・ドラゴンとスターライナーに負けた第三の機体でもある。

 ISSのために開発がはじまった宇宙船「スターライナー」「ドリーム・チェイサー」は、現段階においてはともに開発が遅延しているが、今回建設が発表された宇宙ステーション「オービタル・リーフ」計画によって、新たな使用用途が見いだされ、あらためて注目を浴びることになるだろう。

 また、このオービタル・リーフで活用すべく、一人乗り小型宇宙船の開発も進められている。ジェネシス・エンジニアリング・ソリューションズ社のこの超小型有人宇宙船は、ステーションにおける日常業務や観光旅行用の機材として使用することを想定している。

ベゾスに先行する2つの民間宇宙ステーション

▼ロッキード・マーティンなどによる「スターラブ」

 ブルーオリジン社によるオービタル・リーフの発表のわずか3日前、もう1機の民間宇宙ステーションの打ち上げ計画が発表されている。ボイジャー・スペース社、その傘下にあるナノラックス社、そしてロッキード・マーティン社の在米3社が計画する「スターラブ(Starlab)」だ。

 スターラブの製造を担当するのは主にロッキード・マーティン社で、宇宙空間で膨張させる居住区と、金属製の結合モジュール、推進区画、大型ロボットアームなどからなる。与圧区間の容積は340m3、ISSの3分の1ほどにもなる。定員は4名。比較的大きなステーションではあるが、一体構造のため一度の打ち上げで軌道上に乗せることができる。2027年に運用を開始する予定だ。

▼ISSスペシャリストによる「アクシオム・ステーション」

 すでに「アクシオム・ステーション(Axiom Station)」の建設を公表している米ベンチャー企業アクシオム・スペース社は、2024年後半に最初のモジュール「アクシオム・ハブ・ワン」を打ち上げ、ISSにドッキングさせる計画を進めている。同社のウェブサイト では、すでにそのカウントダウンが表示されている。

 このステーションは複数のモジュールを個別に打ち上げて増設されていくが、2028年前後にISSが投棄されたあとは単独で軌道上に留まり運用される。このプロジェクトが予定通りに進めば、史上初の商用宇宙ステーションとなる。

 同社の創業者でありCEOのマイケル・サフレディーニ氏は、かつてはISSのプログラム・マネージャーを務めていた人物。また副社長のマイケル・ロペス・アレグリア氏は元NASAの宇宙飛行士であり、ISSに4回滞在し、その司令官も務めた経験がある。両者ともISSを知り尽くしたスペシャリストだ。

 ちなみに2022年2月21日には同社が企画した「AX-1」ミッションによって、アレグリア氏と他3名のビリオネアが宇宙船クルー・ドラゴンに搭乗し、民間の宇宙飛行参加者としてISSに赴く予定だ。

なぜいま民間宇宙ステーションの建設ラッシュが?

 今年3月23日、NASAは「コマーシャルLEOデスティネーション(Commercial LEO Destination)」(CLD)プロジェクトを発表した。「コマーシャル」とは商業利用、「LEO」とは地球を周回する低軌道を意味する。また、「デスティネーション」は直訳すると「目的地」「港」になるが、つまりはCLDとは、「低軌道を周回する宇宙港たる民間宇宙ステーション」を意味している。

 これまでの宇宙開発は国家によって推進されてきた。しかし、その財政のもと運営されてきたNASAもまた近年は強烈な財政難に陥っている。月周回軌道ステーション「ゲートウェイ」の建設が2024年からはじまる予定だが、それと並行して老朽化が進むISSの維持費に40億ドルを費やすことが難しい。そのため、NASAに代わって地球の周回軌道上に上げる宇宙ステーションの建設を民間企業に委託し、NASA自体がそのサービスを受ける顧客に収まろうとしているのだ。

 CLDプロジェクトにおいてNASAは、2021年中に宇宙開発企業2~4社を選定し、最大4億ドルを供給する予定。アメリカの国税からなるこの莫大な資金を求め、すでに技術を持つ在米の老舗企業からベンチャーまでが、こぞって建設プランを発表しはじめた、というのが真相だ。今年10月初頭時点で提出された企画書は約10件と報じられている。

米民間ステーション3機と中国、ロシア、インドが1機ずつ!?

 新しい宇宙ステーション計画を進めているのは米国の民間企業だけでなく、各国も同様だ。

 中国は今年4月、独自の宇宙ステーションのコア・モジュール「天和」を打ち上げ、いま現在も3名のクルーがその構築に取り組んでおり、2022年にはさらに2基のモジュールがドッキングして完成する予定だ。

 2025年にISS運用から離脱する予定のロシアは、今年8月には単独で宇宙ステーション「ロス(ROSS)」を建設することを公表、2025年に最初のモジュールの打ち上げを予定している。

 また、インドも同国初の有人宇宙船「ガガニャーン(Gaganyaan)」の打ち上げと、独自宇宙ステーション計画を公表している。

 2022年に中国宇宙ステーションが完成したあと、2024年に米民間の「アクシオム・ステーション」、2025年にロシア宇宙ステーション「ROSS」、2027年に米民間の「スターラブ」の建設がはじまれば、ISSも含めて5種のステーションが地球周回軌道上に存在することになる。

 また、ISS退役後、2030年にブルーオリジンの「オービタル・リーフ」、さらにインドのステーションが打ち上れば計6機。そのころには月周回軌道を航行する「ゲートウェイ」も存在しているだろう。

 世界が四半世紀に渡って注力してきたISS計画が終わろうとしているいま、まったく新しい宇宙ステーションの時代がはじまろうとしているのだ。(2021年11月8日10:53更新)

出版社の編集長を経て、著者兼フリー編集者へ。宇宙、科学技術、第二次大戦機、マクロ経済学などのムックや書籍を手掛けつつ自らも執筆。自著に『宇宙プロジェクト開発史大全』『これからはじまる科学技術プロジェクト』『コロナショック後の株と世界経済の教科書』など。編集作品に『栄発動機取扱説明書 完全復刻版』『零戦五二型 レストアの真実と全記録』(すべてエイ出版社)など。

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