【文芸時評】「政治的正しさ」は文学をつまらなくする 12月号 早稲田大学教授・石原千秋 (2/3ページ)

石原千秋さん
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 松本卓也「健康としての狂気とは何か-ドゥルーズ『批評と臨床』試論」(文学界)が面白い。ジャック・デリダの『法の力』を次のように要約している。「正義を実現するために、ひとは定められた法に従わなければならないが、しかし法に従っているだけでは単に事例をアルゴリズムによって処理しているだけにすぎず、そこに『正義』と呼びうるようなものは何もないと論じ、『正義』と呼びうる行為をなすためにはアルゴリズムに還元することのできない不可能なもの(l’impossible)に関わらなければならない」と。「カルスタ」の「政治的正しさ」がまさにこれで、「正義」を「アルゴリズム」(決まり切った手順)で処理しているにすぎない。

 松本論文の眼目は、自閉症スペクトラムとも指摘されているルイス・キャロルがなぜ『鏡の国のアリス』を書き得たのかという問いにある。「キャロルにおける規則の偏愛は、まさにデリダ的な不可能なものを拒絶することによって成り立っている」が、「逆説的にも、表面の上に徹底的にとどまることこそが、〈他者〉に侵入されることなしに深層と関わることを可能にしたのではないか?」と言うのだ。これがタイトルの意味である。「政治的正しさ」のつまらなさは、「表面の上に徹底的にとどま」っていないところにある。