岩村暢子さん「残念和食にもワケがある」 食卓から見た家族や価値観の変遷 (2/2ページ)

『残念和食にもワケがある』岩村暢子著(中央公論新社)
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  • 『残念和食にもワケがある』を刊行した岩村暢子さん

 「食べ物に関心があったわけではなく、1960年代以降に生まれた親が形成する家族について知りたかった。食卓を観測の場にすると、家族関係や価値観がよく見えてきたんです」

 たとえば「鍋ブーム」についても、そろってひとつのものを囲む料理ではなく、作り置きしてもおいしい料理として支持されている、と指摘する。それは「鍋」の変化でもあるし「家族」の変化でもあるだろう。

 和食とは-。農水省によると「日本人の伝統的な食文化」で「『自然の尊重』という日本人の精神を体現した食に関する『社会的慣習』」ということになる。だが、そんな「日本人の精神」は現実の食卓には存在しない。自然のものを生かす「素材中心」ではなくて、個々の好きなものという「人間中心」で日々のメニューは決まっていく。

 「自然観が変わって、人間観が変わって、家族の関係も暮らし方も変わった。食べるものが変わるのは当たり前です。失ったのは料理の作り方ではなくて、私たちの食文化を支える背景なんです」

 和食は料亭で食べるものになって、家庭からは消えてしまうかもしれない。それが嫌なら、価値観を変えるか、家族の関係を変えるか。そんなことができるのか。岩村さんの問いが重く響く。「本当にもう一度取り戻したいですか?」(篠原知存)