組合の集まりに顔を出しても「おれが、おれが」 旧職の地位にしがみつく“定年あるある” (2/6ページ)

「昔はよかったなあ」と過去の栄光にすがる人は多い!?
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  • 「定年後は何かしなきゃ、生きがいをもたなきゃ病」の呪縛をとく『定年バカ』(著、勢古浩爾/SB新書)

くすぶり続ける自我

 よく持ち出されるエピソードで、再就職の面接にきた定年退職者が、「前の仕事はなにをしてましたか?」と聞かれて、「部長をしてました」という話がある。これが、気位が高いだけの使えない退職者の典型として笑い種にあげられるのだが、私はその元部長がちょっとかわいそうな気もする。足を組んで椅子にふんぞり返ってそういったのなら正真正銘の肩書バカだろうが、その元部長の場合は、面接の緊張感から来たただの言い間違えだったのではないか。

 いずれにしても、ふんぞり返りの役職未練バカはそんなに多くはないはずである。元部長のエピソードもめずらしい事例だから、いつまでも語り草になっているのではないか。ほとんどの退職者たちはさっさと前職や肩書に見切りをつけて、元警察官が町の洋食屋を開いた、というように、次の新たな一歩を踏み出しているのである。だが、そうはいっても油断は禁物である。そんな男はいることはいるのだから。

 彼らは対人関係で、くすぶった自我を発散する。それが周囲とのあつれきを生じる。いったん身にしみついた大物意識は定年退職したからといって、すぐには改まらない。彼に残っている記憶は、良い思い出ではない。周囲に支えられることで維持できていた、世間知らずの自分だけの快適感である。これが定年でくすぶる。できればこんな男とは遭いたくないものだ。

「組合の集まりに顔を出しても、『おれが、おれが』」