【ゆうゆうLife】家族がいてもいなくても(576)波乱の末の平穏

 ムンク展に出かけた。

 いそいそ、わくわく、というよりは、怖いもの見たさという感じで。なにしろ私には、というより誰にとっても、ムンクと聞いて頭に浮かぶのは、あの「叫び」の絵。不協和音の中に放り込まれたような違和感と不安をそそるあの絵だ。

 内心から聞こえた叫び声の恐怖に耳をふさぐ自分の姿を描いたもの、というが、正直言って好きではない。好きではないけれど、あの絵の本物を見たい、という好奇心はそそられる。

 美術館に着き、列をなす人の流れにのって展示された絵を順番に見ているうちに、だんだん気持ちがざわざわしてきた。

 それとともに、ムンクについてなにも知らない自分にも驚いてしまった。こんなにも、誰もが知っている有名な画家なのに、と。

 彼は、幼くして母を喪(うしな)い、慕っていた姉を喪い、自分も病弱で常に死の恐怖にとらわれていたという。

 彼は何枚も何枚も自画像を描いている。中でも「地獄の自画像」、この絵が強烈で、「叫び」より怖い。業火らしきものを背景に裸身で立つ男の表情が判然としない。激しすぎる自意識にもがくあまり、自分を捉えられない苦しみという感じで、絵の前に立ちすくんでしまいそうだった。

 作品を前にする度に、「なぜ、こんなふうに自分を描いたのだろう?」といちいち考えてしまうので、目的の「叫び」に到達する前に疲れてしまった。

 続いて、これまた女性との激しすぎる愛憎を赤裸々に描いた自己告白的な作品を経て、ようやく80歳で死した画家の晩年の作品に至る。

 そこにあったのは、ムンクの故郷ノルウェーの美しい風景だった。老いてひとり暮らす彼の家の庭の豊かに実るリンゴの木が描かれている。

 明るい色調でファンタスティック。淡々と平穏な世界が描かれていた。激しい自意識と格闘し続けた人生の果てに到達したその世界に、私は心底ほっとして、いい知れぬ癒やしを覚えたのだった。

 「もう、ノルウェーなんて遠いところには行かないだろう」、つまり、「新幹線に乗って本物を見られるなら一度、見ておこうかしら」と出かけた私だった。そんな「冥土の土産」風なことを思った自分にふさわしいものに出合った、と思えた展覧会だった。

 波乱の末にかくのごとき平穏に出会うのなら、人生は長く生きるに値する。自我から解放された「老年」の価値を、ムンクの人生と作品から学んだ思いがしたのだった。

 だから美術展鑑賞は、面白い。(ノンフィクション作家・久田恵)