教育、もうやめませんか

「学費」という概念のない学びの場をつくる 教育のコストは誰が負担すべきか (3/3ページ)

野村竜一

 江戸時代、子供の死亡率は高く7歳まで生きることは「有り難い」ことだったとも書かれている。そういった貴重な存在である子供を育て社会の構成員として迎え入れ活躍してもらうためにも、生みの親だけが責任を追うのではなく、社会が、共同体が擬似的な親として子育てを行うという仕組みは我々が考える “Senpai”制度と通じるものがあると考えている。

学校の「アタリマエ」を疑う

 我々は、学費に象徴される「教育負担は親や本人がするもの」という教育・学校の「アタリマエ」を疑い、それが本当に受け入れるべきアタリマエなのか世の中に問いたいと考えている。マナイを作るにあたって我々が最初に行ったことであり、また今でも絶えず続けているのが、学校のアタリマエを疑い、そのアタリマエが単なる慣習や「そういうものだから」という思い込みであるならば、それを再構築しようという試みだ。

 「机っているんだっけ?」というような事柄から、「先生ってなんで必要なのかちょっと考えてみようか」や「校舎ってなんで必要なんだっけ」「テストっていらなくない?」、そして「そもそも学校って必要なんだっけ?」というところまでを洗い出し、再構築すべき箇所を考えている。

 時として、これまで自分に染み付いた常識から敢えて遠ざかる作業は大変難儀である。また多くの人の存在意義や主義主張と対立する場面もあり、正直やらなくていいならこの作業をやらずに、今ある学校のバージョンアップ版を目指したほうが絶対的に楽だし早く話は進む。しかし、この学びの環境にまつわる既成概念をあえて疑い、時には捨てる作業こそが我々マナイが行うメインでありコアとなるタスクであると信じている。単純に、そうでなければもう学校を増やす必要はないと思う。

教育、もうやめませんかは、サイエンスに特化したインターナショナルスクールの代表であり、経営コンサルタントの経歴をもつ野村竜一さんが、自身の理想の学校づくりや学習塾経営を通して培った経験を紹介し、新しい学びの形を提案する連載コラムです。毎月第2木曜日掲載。

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