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1500万円の入居金も返還されず 終身契約の施設から80代で出されたワケ (3/4ページ)

管理者の方針で退去せずにすむケースも

 この事例とは対照的なケースもある。東京都足立区のサービス付き高齢者住宅、銀木犀(ぎんもくせい)西新井大師に入居している、認知症を発症した90代の女性だ。

 ある日、転倒してしまい、大腿骨頚部を骨折した。彼女は3カ月入院し、骨折の手術を受けた。彼女も認知症による認知機能の低下により、自身の状況が分からなかった。骨折をしたことも、患部を安静にするために動いてはいけないことも、理解できなかった。結局、入院中は先の女性と同様に、拘束をされていた。

 病院は、治療を目的に入る場所であるため、入院中の安全管理は致し方ない部分がある。

 しかし、その後の生活に管理は必要かと問われたら、どうだろうか。当然、誰も管理はされたくないはずだ。生活の場に戻ってからも拘束を受けることに、尊厳はない。

 退院前、サービスを提供している支援者が集まり、今後の方針を話し合った。高齢者住宅に戻っても、再び転倒をするリスクはある。同居している夫も認知症を発症していたため、常に妻を見守ることは難しい。それでも娘は、「夫婦で生活させてあげだい。」と話した。さらに、「拘束をしてでもいいから、戻ってもらいたい。」と付け加えた。娘から、高齢者住宅の職員への気遣いだった。

 それに対し、銀木犀西新井大師の管理者、麓玲子さんは、「銀木犀では、絶対に拘束をしません」と返した。麓さんは、可能な範囲で転倒のリスクを回避する方法を考えた。「100%の安全はありませんし、明日転ぶリスクもある。けれど、本人が動きたいのであれば、リスクを減らす方法を考えます。動いて危ないのであれば、動けるようにする方法を考えればいい」と家族に伝えた。娘も、「万が一転んでも大丈夫。リスクは承知。それよりも本人の尊厳を大事にしたい」と答えた。

本人の自由を奪わない生活

 まずは、本人の生活環境と動線を確認した。床からの立ち上がりが難しい状況であったが、何かにつかまれば立ち上がれる。麓さんは、「認知症があっても、転びそうになった時は、本能で何かにつかまる。本能を活かせるように、近くにつかまれるものがあればいい。同じ転倒でも、つかまって転倒した場合は、衝撃も少ない」と話した。

 そこで、部屋の動線に、福祉用具のポールを複数本立ててみた。初めはポールにつかまりながらはう状況だったが、徐々にポールをつたって歩くことができるようになった。2カ月後には歩行器で歩けるようになり、半年後には何も使用せずに歩いていた。その間、訪問リハビリや通所リハビリは利用していない。

 退院から2年がたった今、本人は90代半ば。杖や歩行器を使用せずに歩いている。2年間で2回ほど、尻餅をつくことはあったが、負傷に至った転倒はない。自分の意思で自由に動けることが、最大のリハビリになった。拘束などの制限をする施設や病院であれば、ここまで回復しなかっただろう。

 拘束をされない分、精神的ストレス負荷も最小限になる。麓さんは、「メンタルの安定に勝るリハビリはない。」と語る。“本人の自由を奪わない生活”は、普通のリハビリ以上の効果を発揮する。「管理よりも大切なものがある」と麓さんは言うが、その通りだろう。「高齢になって骨折したら、寝たきり」という常識は、医療従事者の決めつけにすぎなかったのかもしれない。

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