著者は語る

メディア史研究家・押田信子氏『抹殺された日本軍恤兵部の正体』

 □『抹殺された日本軍恤兵部(じゅっぺいぶ)の正体-この組織は何をし、なぜ忘れ去られたのか?』

 ■謎の戦時組織を貴重な資料から読み解く

 皆さんは「恤兵(じゅっぺい)」という言葉をご存じだろうか。辞書では「(「恤」は、めぐむの意)物品または金銭を寄贈して戦地の兵士を慰めること、慰問」と説明されている。この「慰問」を指揮、管理したのが陸海軍恤兵部(海軍は恤兵係)であった。

 恤兵部は日清戦争開戦の頃に開設され、国民から恤兵献金品を募集し、文化人、芸能人による慰問部隊を戦地に派遣するなど、戦争を後方で支え続けた。

 1937年、盧溝橋事件が勃発すると、メディアはセンセーショナルに戦況を伝え、それに刺激された人々が連日、恤兵部の門前に押しかけた。

 「怒濤(どとう)の如くうずたかく積まれた恤兵金」「恤兵部、慰問袋の山を前に大忙し」。新聞は熱狂する国民と大繁盛する恤兵部を声高に記事にした。このように戦時下、国民と近い距離にいた恤兵部だが、現在、その名はほとんど知られていない。近現代史研究家、軍事史研究家の間でも、認知が少ないと感じる。

 2016年、筆者は『兵士のアイドル-幻の慰問雑誌に見るもうひとつの戦争』を上梓した。

 これは、恤兵部が戦地の兵士向けに創刊した慰問娯楽雑誌を解読し、誌面に現れた女性文化人、芸能人の慰問実態を終戦まで追ったものである。恤兵部の痕跡は、慰問雑誌に毎号、くっきりと刻まれていたが、前著ではまだ、組織の解明には至らなかった。次はこの謎の集団の中に分け入り、彼らがどんな方法で人々の戦意をあおり、多額の献金を集めたのか、加えて恤兵部とメディアとの持ちつ持たれつの関係性も解き明かしたかった。それらの一つのアンサーといえるのが本書である。

 今回、日清・日露戦争の頃の新聞の恤兵関連記事には驚きの人間ドラマが満載だった。例えば、恤兵部に真っ先に献金に訪れたのは、新橋、吉原に働く女性や車夫ら「貧者の群れ」であり、オレオレ詐欺張りに恤兵部員が恤兵金をだまし取る事件も起こっている。当時の新聞は恤兵部とそこに集まった人々をリアルに映し出していた。

 さらには、さまざまな文化政策を企画実行した恤兵部員の書いた「想い出の記」も発見に至り、組織の内部をうかがい知ることができた。終戦時の恤兵部の解体は防衛省防衛研究所の資料から読み解いた。多くの貴重な資料に助けられ、やっと、一冊の本が誕生した。(1080円+税 扶桑社新書)

【プロフィル】押田信子

 おしだ・のぶこ 中央大学経済研究所客員研究員。出版社勤務を経て、フリー編集者として活動。2008年上智大学大学院文学研究科新聞学修士課程修了、14年横浜市立大学大学院都市社会文化研究科博士課程単位取得満期退学。専門はメディア史、歴史社会学、大衆文化研究。著書に『兵士のアイドル』(旬報社)、共著に『東アジアのクリエイティヴ産業 文化のポリティクス』(森話社)がある。

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