希少がんと共に生きる

「余命」をリアルに考える 今読み返す闘病日記 (2/4ページ)

 この経験から、長生きして、現在5歳の娘の成長を楽しみたいという強い願望を抱きながらも、「生きていられるのは発症から最長で5年かもしれない」とも思いながら過ごしてきた。最近、いつまで生きられるのかという不安、恐怖に襲われることが少なくない。それは、目の前に出された症例の一つである「4年」に差し掛かったからにほかならない。「余命」というものをリアルに考えるときを迎えたといってもよい。

 それにしても、よく3年間、元気でいられていると思う。今ではすっかりさぼり気味になっている闘病日記だが、出術当日には「ついに来た手術の日。こんな緊張する朝を迎えたのは初めてかも。夢に娘が出てきてくれた。うれしかった。パパ頑張る」と書いていた。

 この時点では腫瘍が陽性か陰性かは不明で、腫瘍を切除し、腸閉塞(へいそく)を治すのが手術の一義的な目的だった。まだ、気持ちに日記を書く余裕があったのだろう。告知日のページには、執刀医から受けた説明を記しているだけで、自分の気持ちは一切書いていない。なぜ書かなかったのかは覚えていないが、書く気分になれなかったのは想像に難くない。

 手術後の抗がん剤治療は、希少がんということもあり、少しでも症例が多い国立がん研究センター中央病院(東京・築地)で始めた。

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