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小林希 瀬戸内海の手島(香川・丸亀市) おじいさんたちと、向日葵

 瀬戸内海に浮かぶ塩飽(しわく)諸島の手島(てしま)(香川県丸亀市)は、人口約20人、子供はおらず、そのほとんどが70歳以上という静かな島だ。地形は羽を広げた蝶々(ちょうちょう)のようで、集落はその頭の位置にあたる、少し窪(くぼ)んだ場所に一つあるだけ。

 これといった観光名所はない。空き家が多く、静まり返った集落を歩いてもなかなか人に会うことがない。しかし、かつて船大工がつくった豪壮な家々は、住人無き今も凜然とした存在感を放っており、ふいに、在りし日の活気みなぎる光景が目に浮かんでくる。

 江戸時代、手島は28の有人島・無人島から成る塩飽諸島のうちで、幕府から直接自治権を認められた「人名(にんみょう)制」が置かれた、日本でたった7島の一つだった。唯一、江戸時代の制札場が集落に残っており、情緒的な雰囲気を醸し出している。

 手島へは、丸亀港の待合所で切符を買い、桟橋に接舷している備讃(びさん)フェリーの高速船に乗る。宿泊先は、丸亀市手島自然教育センターがある。廃校となった小中学校の建物が宿泊施設になっていて、一般の人でも宿泊できる。夏休みや連休には、地元の子供たちが林間学校などで利用することもあり、静かな島にいっとき笑い声が響く。

 とくに夏は、手島の名物が見頃を迎える。島生まれのおじいさんたちが、一輪、一輪、心を込めて育てた向日葵(ひまわり)畑だ。手島自然教育センターに向かう集落の道沿いや、港と反対側の西浦海岸前の畑に、黄色い絨毯(じゅうたん)が広がる。蒼い瀬戸内海を背景に、太陽に顔を向けてひらく向日葵の健気(けなげ)な姿は、ほほえましく、どこか郷愁を誘う。

 「もう、今年が最後かもしれん」

 おじいさんたちのつぶやきを、何度聞いただろう。その時なんて永遠に来なければいいと願っていたが、今年、おじいさんたちは次々と亡くなってしまった。

 今夏、手島に黄色い絨毯は広がるのだろうか。

 夕刻の最終便で、子供たちが向日葵を一輪ずつ携えて船に乗り、いつまでもおじいさんたちに手を振って帰っていく姿は、懐古的で多幸感に満ちていた。

                   

 公益財団法人「日本離島センター」のホームページなどによると、本土を含む日本の島の総数は6852。それぞれに歴史があり、景色の移ろいも違う。旅作家の小林希さんが実際に各所の土地を踏みしめながら、国の表情や陰影を浮き上がらせる。

                   

 《アクセス》

 香川県の丸亀港から「備讃フェリー」のカーフェリーか客船で約1時間

                   

【プロフィル】小林希

 こばやし・のぞみ 昭和57年生まれ、東京都出身。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。1年後に帰国して、『恋する旅女、世界をゆく-29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)で作家に転身。主に旅、島、猫をテーマに執筆およびフォトグラファーとして活動している。これまで世界60カ国、日本の離島は100島をめぐった。令和元年、日本旅客船協会の船旅アンバサダーに就任。著書は『週末島旅』(幻冬舎)など多数。

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