終活の経済学

財産なくても作った方が安心 死後に備える 遺言

 自分自身の「いざ」に備えることも、大切な「死後の手続き」だ。家族が混乱しないように、相続でもめないようにと考えて準備したい。

 死後に残す財産を、自身が希望する形で相続してほしいと思えば、欠かせない手段が遺言だ。「自分には財産がないから関係ないというのは、大きな間違い。住んでいる土地家屋が資産の大半なら、なおさら遺言を作成することで『争族』を避けてほしい」と特定行政書士の丹澤仁さんは強調する。

 司法統計(2017年度)によると、家庭裁判所で成立した遺産分割事件、つまり相続に際してすんなり合意とはいかなかった事案を遺産額別にみると、5000万円以下が全体の約76%を占めた。特に、分割しにくい不動産をどう相続してもらうのかは、やはり遺言で明示しておかないと争いの種になりやすい。

 「自筆」と「公正」

 代表的なのは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」だ。

 一般的なのは自筆証書遺言だろう。「誰にどの財産を相続させるか」という本文と、日付、氏名を自筆で書いて押印する。「自筆」が絶対条件だが、19年1月からは財産目録に限り、パソコンでもOKに。不動産登記簿や銀行通帳の写しに署名・押印したものも使えるようになった。費用もかからず、いつでも書き換えることができる手軽さが魅力だ。

 ただし、ルールが厳しい。押印を忘れたり、内容を書き換えたときの修正の仕方が正しくなかったりすると無効になる。例えば、単に二重線で消した上に修正内容を書くだけでは無効だ。修正箇所を示し、変更したことを言葉で書き記し、署名・押印も必要-といったように、かなり面倒で、全文を書き換えた方が安全だといえる。

 形式は正しくても、内容が不正確でトラブルを招くこともある。例えば、相続人の氏名を記しただけでは同姓同名の人との区別ができないとして、無効を主張される場合があるし、金融資産を預貯金と記してしまうと株式はどうなるのか、といった争いが起こりうる。

 そもそも、遺言を紛失してしまう危険性や、自分に不利になると考えた関係者によって隠匿や偽造されてしまう恐れもある。また、自筆証書遺言には本来、遺言者の死後に「検認」という作業が必要だ。偽造などが起きないように家庭裁判所で内容を確認してもらう手続きだ。

 「検認までには通常1~2カ月かかる。でも、20年7月からは自筆証書遺言を法務局で保管する制度が始まるので、制度を利用すれば検認は必要なくなる。紛失や隠匿の危険性もなくなる。ただ、保管制度でも内容が法的に有効だと担保されるわけではないので、やはりそうした点からは公正証書遺言の方が安全だ」と丹澤さんは話す。

 公正証書遺言は、各地にある公証役場で2人の証人の立ち会いのもと、公証人に遺言を作成してもらう。作成段階で法的なチェックが行われるので無効になる恐れはほぼなくなるし、保管も公証役場がするので紛失・隠匿の危険性もない。ただし、遺産額に応じた手数料がかかり、遺言内容が証人には知られてしまう。気軽に書き換えるわけにはいかなくなるといった点も要注意だ。

 執行者を決めておく

 いずれの遺言にしても、最終的に内容が執行されなければ意味がない。そのためには、信頼できる人を「遺言執行者」に指定しておいた方がよい。弁護士や司法書士、行政書士、信託銀行など家族以外の第三者の方が安全だ。これで「執行されないリスク」はかなり軽減できるだろう。

 もう一つ、大切なのが「付言事項」だ。遺言で法的な効力を持つのは、財産の分割方法や子供の認知に関することなどだ。付言事項は、そうした法的な効力は伴わないものの、家族への感謝の気持ちや、なぜこうした財産の配分にしたのか、といった考えや思いを書き記すためにある。書かないよりも遺族の納得が得やすくなる。

 生前にNPOなどへ依頼 死後事務委任契約

 火葬や納骨、電気・ガス・水道などの契約解除、遺品整理、役所への届け出…。山ほどある「死後の手続き」を家族以外に頼ることも可能だ。

 生前にNPO(民間非営利団体)や法律事務所などと「死後事務委任契約」を結ぶ。葬儀の方法などに自分の意思を反映することもできるので、自分の思いを死後に生かす方法ともいえる。死後にとどまらず、施設入所や入院の際の身元保証や認知症に備えた任意後見契約など、生前から死後まで一貫してサポートを請け負う事業者もある。

 福岡市内の老人ホームで暮らす松本知世さん(仮名)は、市社会福祉協議会(社協)の「ずーっとあんしん安らか事業」を利用している。あらかじめ社協に預託金として50万円以上を預け、そのお金で死後に葬儀や家財の処分などをしてもらう。生前は定期的な訪問による見守りのほか、入退院の支援などもある事業だ。

 松本さんは大学卒業後、米国に渡り、ずっと海外で暮らしていた。結婚はしたが、子供はおらず、夫の死を機に帰国した。日本には知人がおらず、誰にも頼れない。悩んでいるとき、事業を知って契約した。

 社協に限らず、さまざまな事業者がこうしたサポートを始めている。「生前契約」「エンディングサポート」など呼び名はいろいろ。国は「身元保証等高齢者サポート事業」とくくり、2018年8月、事業者選びの注意点をまとめたパンフレットを初めて作成した。

 パンフレットは、事業の中身を(1)緊急時の親族への連絡や買い物支援などの「日常生活支援サービス」(2)医療機関や介護施設などに入る際の費用支払い保証などをする「身元保証サービス」(3)遺体の引き取りや住んでいた場所の原状回復などの「死後事務サービス」-に分類している。

 事業者によって実施するサービスは異なるが、事業者選びのポイントとして「自分が何をしてほしいか明確にする」「利用のたびにお金がかかるサービス、月ごとの手数料がかかるサービスの場合、使う可能性がある期間(例えば平均余命)を想定して総額を計算してみる」-ことなどを求めている。そして、必要に応じて地域包括支援センターや消費生活センターへの相談を呼びかけている。

 さらに「事業者を選ぶ際には預託金の扱いが重要」と指摘するのは、立教大学社会デザイン研究所研究員の星野哲さんだ。死後の事務を実施する費用などとして、ほとんどの事業者が預託金を預かる。これを信託銀行などに預け、事業者が勝手に使えないようにしているか、事業者の倒産などで事業が続けられなくなっても預託金が保全されるようにしているか、といった点に注意してほしいという。

 というのも、16年に事業者だった公益財団法人「日本ライフ協会」が預託金を不正に流用して破綻。契約者はサービスを受けられなくなったばかりか、預託金もほぼ戻らない「事件」があったからだ。日本ライフ協会は預託金を自分たちで管理していた。

 1人暮らしばかりでなく、今後は家族がいても遠くに暮らしているなど、さまざまな事情でサポート事業が必要な人がますます増えていく。こうした事業をうまく活用すれば、憂いをなくし、老後を安心して楽しく過ごす一助となるかもしれない。(『終活読本ソナエ』2020年新春号から随時掲載)

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