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誇りを胸に「城砦」を仰ぐ 隠岐諸島

 島根県の隠岐(おき)諸島は、主に島前(どうぜん)と呼ばれる3島(知夫里島=ちぶりじま、中ノ島=なかのしま、西ノ島=にしのしま)と島後(どうご)の4つの有人国境離島で構成され、ユネスコ世界ジオパークに認定されている。世界遺産の地質版ともいわれ、ジオパークは「大地の公園」を意味する。(小林希)

 島根県の七類(しちるい)港からジェットフォイルに乗船して約1時間。隠岐諸島に上陸し、さらに船で4島をめぐれば、地球の威容をひしひしと肌で感じられる。島後のローソク島や知夫里島の赤壁、西ノ島の国賀(くにが)海岸など、幾度の火山活動が生み出した地層や断崖絶壁、奇岩は、圧巻のスケールと造形美だ。それらは地球の躍動を瞬間的に封じ込めたように生々しく、見るものに畏怖を抱かせる。

 朝、西ノ島で遊覧船に乗船して、1キロ続く国賀海岸を海から眺めた。荒々しい海からそそり立つ高さ257メートルの摩天崖(まてんがい)は、地球の物語を伝えるレリーフさながら芸術的な地層をみせる。絶壁に近づき見上げると、威圧感が増す。まるで城砦(じょうさい)だと思った。

 沿岸には、奇岩群が衛兵のごとく海に点在している。かつて異国から船でやってきた外国人は、固唾をのんで入島したことだろう。

 日本海に浮かぶ隠岐諸島は、異国との国境に位置し、防衛拠点として前線に立つ島々である。すでに石器時代には、島の良質な黒曜石(こくようせき)を求めて異国の船がやってきたと聞く。

 後に、北前船(きたまえぶね)が寄港する交易地となり、また後鳥羽上皇や後醍醐天皇が配流(はいる)された島としても、隠岐諸島がいかに重要な島とされていたかうかがえる。歴史や文化、人の暮らしが独自の発展をしていったのは当然の流れなのだ。

 そうした異国や島外の者たちとの盛んな交流は、隠岐諸島が「人情の島」とも呼ばれる現在のおおらかな気質を形作ったという。

 島で暮らす子供たちは、学校の授業でジオパークの雄大な自然に触れ、歴史や伝統文化などを学んでいると聞いた。「生まれた島に誇りを持つことが学習の目的です」と地元の方はいう。いずれその経験は、彼らの人生を歩む強靭(きょうじん)な軸足となるだろう。

 地球が作った自然の城砦に立ち、凛(りん)とした海風にあたりながら、同じ日本人として純粋な誇りを少しでも共有したいと思った。

 【アクセス】本土からのフェリーや高速船のほか、島後に「隠岐世界ジオパーク空港」があり、空路の利用も可能。

 【プロフィル】小林希(こばやし・のぞみ) 昭和57年生まれ、東京都出身。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。1年後に帰国して、『恋する旅女、世界をゆく-29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)で作家に転身。主に旅、島、猫をテーマに執筆およびフォトグラファーとして活動している。これまで世界60カ国、日本の離島は100島をめぐった。令和元年、日本旅客船協会の船旅アンバサダーに就任。新著は『今こそもっと自由に、気軽に行きたい! 海外テーマ旅』(幻冬舎)。オンラインサロン「しま、ねこ、ときどき海外」を運営する。

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