ゆうゆうLife

家族がいてもいなくても(651)命を支えたスープ

 野菜スープづくりに励んでいる。きっかけは、「原っぱ」の隣で始まった「好き勝手農園」のおかげかもしれない。

 勝手に野菜を収穫し、自分で好きに値段を決めて、缶に入れておく、このシステムの自由さがいい。

 が、野菜には収穫時(とりいれどき)というものがある。「まだまだ」というときも、「今、採らなくていつ採るの?」というときもあって、しばしば食べきれない野菜で篭(かご)がいっぱいになったりもするのだ。

 ジャガイモ、タマネギ、ニンニク、ニンジン、レタス、キャベツ、ズッキーニ…。篭の中の野菜は、まずサラダに。次に炒めて、さらに煮込んでポトフにし、残ったら冷凍。最後はそれを一気にミキサーで、おいしいポタージュスープに変身させるのだ。

 そんなわけで、今や朝も昼も毎日が野菜スープの日になった。

 手元には、移住のときに持ってきた思い出のジューサーがある。

 それがまさかの出番となった。

 十数年も前のこと。

 90歳を過ぎた父が入居したばかりの老人ホームで、体調を崩して食事がとれなくなったことがある。

 そのとき、「胃瘻(いろう)はしない」と宣言していた父の意志に沿い、重湯をスプーンでひと匙(さじ)ずつ、という方法で乗り切ることになった。

 そのとき、父と長く暮らしていた私としては、なにかせねばと焦り、近所のその老人ホームまで「スープ」を作っては持っていった。

 かの有名な辰巳芳子先生の「あなたのために-いのちを支えるスープ」の本に書いてあるレシピ通りに作ったのだ。

 レシピの文章は品位に満ち、美しく、料理が得意ではない私をいたく感激させた。もう憑(つ)かれたようにスープづくりに励んだ。

 当時のわが家の冷凍庫は、辰巳先生推薦のお取り寄せチキンスープのもとで満杯になっていた。

 それを使っても、手間がいっぱいかかったスープづくりだったが、父は「おいしい」とそのスープを飲んでくれた。

 ホームで暮らす親しい入居者の方たちにも試食を頼んだら、皆が「最後に飲みたいスープだよ」とまで言って励ましてくれた。

 このスープは父の命を支えてくれたのに、気がつけば作り方を今やすっかり忘れている。そんな自分にはあきれるが、レシピ本を眺めていると、再挑戦してみよ、と言われている気がする。

 さらに、あのときの父の「おいしい」は、「努力は報われるよ」という娘への最後の教訓だったかなあ、とさえ、思えてくるのである。(ノンフィクション作家 久田恵)

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