ヘルスケア

噴火に台風にコロナ…箱根は困難にどう立ち向かったか

 希望者への新型コロナウイルスワクチン接種が道半ばのなか、全国の観光地は本来のようなにぎわいを取り戻せないまま、今年も稼ぎ時のはずの夏が過ぎようとしている。関東近郊で最も有名な温泉地の一つである神奈川県の箱根も同様だ。加えてこの地は近年、噴火や台風といった自然災害の“波状攻撃”にもさらされてきた。そんな危機に老舗温泉街はいかにして立ち向かってきたのか。関係者に話を聞いた。

 踏んだり蹴ったり-。箱根がたどったここ数年の歩みを振り返ると、どうしてもそんな印象を抱かざるを得ない。迫力のある噴煙を眺めながら、地熱で蒸し上げられた「黒たまご」を頬張る。

 すさまじい衝撃

 そんな人気の観光スポットである箱根山の「大涌谷」で異変があったのは平成27年のことだ。4月に突然、火山性地震が相次ぐと、6月には水蒸気噴火も観測され、気象庁は一時、周辺を噴火警戒レベル3(入山規制)に引き上げる。

 箱根山で噴火が起きるのは「記録が残る範囲では、このときが初めて」(同庁の担当者)。それだけに、関係者の間に走った衝撃はすさまじいものがあった。

 大涌谷の半径約1キロは警戒区域に設定され、上空をゆく「箱根ロープウェイ」は運行停止に。そんな事態を受け、観光客数は年間で400万人近く減り、特に繁忙期に当たる夏場はレベル3の状態が続いたことで大幅な落ち込みとなった。

 「箱根町は地区によって気候が異なるうえ、もともとは5つの町と村が合併してできた自治体。かつてはそれぞれがバラバラで集客活動を行っていた」と指摘するのは箱根町観光協会の佐藤守専務理事。しかし、火山活動の活発化に町の人々の危機感は高まり、結果として「オール箱根」で対処しようという機運が高まったという。

 「冗談かと思った」

 その後、火山活動が沈静化したことから、28年7月には規制が緩和されて観光客数は前年比12・6%増の1900万人台に回復。佐藤氏らは地区の代表と町役場の担当者、町内のホテル運営会社などと毎月、会議を重ねてよりよい観光地づくりの実現に向けて動き出していた。

 しかし、令和元年5月に再び大涌谷の噴火警戒レベルが引き上げられ、暗雲が立ち込める。同年10月7日にレベル引き下げの発表があり、関係者には一時、安(あん)堵(ど)の色が広まったが、5日後の12日には「過去最強クラス」と呼ばれた台風19号が関東地方を直撃。1千ミリを超える総雨量が箱根を襲い、箱根登山鉄道は橋げたが流されるなどして運行不能に陥った。

 次々と襲ってくる天変地異に佐藤氏は「冗談なんじゃないかと思った」と回想する。湯本から強羅、早雲山を結ぶ観光の生命線でもある箱根登山鉄道は当初、復旧まで1年程度がかかると予想された。

 だが、ここで前述の「オール箱根」が発動される。工事には多少の騒音も伴うが、それでも鉄道の周辺住民が早期の復旧を願って、夜間や祝日の作業を承諾したというのだ。結果、天気などに恵まれたことも追い風となり、予定よりも約3カ月前倒しして2年7月に箱根登山鉄道は全線で運転を再開した。

 ワクチン接種で

 そんななかで迎えたコロナ禍。箱根町によると、2年の観光客数は、昭和47年に調査を開始して以来最低の約1257万人にとどまり、特に1度目の緊急事態宣言下にあった4~5月の人出は前年の約10%にまで落ち込んだ。

 困難は続くが「お客さまに安心して利用してもらうために、まずは町民と観光事業に携わる関係者のワクチン接種を急いでいる。町民の接種会場で宿泊施設の職員が案内を手伝ったり、ホテルと旅館の協同組合が、従業員らを対象にした職域接種を行っていることなどが、その具体例だ」と佐藤氏は打ち明ける。

 8月某日の午後、一連の異変の“幕開け”の場となった大涌谷の駐車場は7、8割方が埋まっていた。県内から来たという40代の男性会社員は「今日はここに来ようと決めていました」と言って、家族と一緒にいわゆる“硫黄臭”が漂うその先を眺めていた。

 観光バスが押し寄せていた以前の姿には遠く及ばないが、黒卵を買い求める人々にはマスク越しに笑顔が浮かぶ。その笑顔は、箱根の火を守ろうと奮闘する関係者にエールを送っているようにも見えた。

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus