外科手術なしで「鼓膜再生」 細胞を活性化、3週間で聴力回復

2014.8.9 17:08

 中耳炎や外傷などで破れたままになった鼓膜の回復には従来、外科手術が必要だった。こうした中、簡単な施術で鼓膜を再生させる新しい治療法が開発された。数十年間鼓膜に穴が開いた状態だった高齢患者でも再生し、日常生活に支障がないほどの聴力を回復した例もあるという。現在は北野病院(大阪市北区)と金井病院(京都市伏見区)で施術を実施。既に300人以上が治療を受け、保険診療に向けた複数の医療施設での臨床研究も予定されている。(加納裕子)

 条件整え自然に

 鼓膜は、中耳炎や耳かきで突いてしまうなどの外傷によって破れる。本来は再生しやすく、破れても自然に治癒する場合も少なくない。しかし、そのまま回復しなかった患者は推定100万人以上。難聴や耳鳴り、入浴や洗髪の制限など日常生活に支障をきたすことが多い。

 鼓膜が破れていると言葉が聞き取りにくく、補聴器でも改善しにくい。鼓膜形成術や鼓室形成術など破れた部分に別の組織を移植する外科手術が一般的だが、聴力が回復できないケースもあるという。

 新しい鼓膜再生療法は、北野病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科の金丸真一医師(59)が平成19年に開発。鼓膜は再生しやすいという特徴に着目、長期間破れたままになっていた鼓膜でも条件を整えれば、3週間ほどでほぼ正常に再生することが分かり、治療に応用した。

 治療はまず、穴の縁に傷をつけ、鼓膜のもとになる細胞を活性化させる。栄養因子「b-FGF」を含ませたゼラチンスポンジで穴をふさぎ、外部と遮断するため、「フィブリン糊(のり)」でカバー。10分程度の施術直後から正常に近い聴力が回復するという。3週間後に糊をはがし、完全に再生していない場合は、何度か繰り返す。

 金丸医師が統計を取ったところ、破れた部位が狭い場合は3回以内に約95%の患者で完全に鼓膜が再生。広範囲に穴が開いていた場合でも4回以内に約83%が成功し、聴力を回復した。

 30年の悩み解決

 「聞き間違いが多く、長年苦しんでいたのが嘘のよう。十分に会話ができるようになりました」。手術の決心がつかず、約30年間鼓膜が破れた状態で、両耳に補聴器を付けていた70歳の女性は治療を受け、こう喜んだという。

 右耳の鼓膜に穴が開いた状態が約30年間続いたという61歳の男性は、施術の直後から聴力が回復。聴力は中度難聴とされる61・7デシベルだったが、4カ月後には36・7デシベルまで回復し、補聴器がいらなくなった。

 「これまで治療のチャンスがなかったり、昔から鼓膜が破れた状態が続いて諦めてしまったりしていた人が多い。鼓膜が正常に回復すれば、生活の質が上がります」。金丸医師はこう話し、施術を受けるメリットを訴える。

 ただ、鼓膜再生療法が成功するためには、耳だれがないことや活動性の炎症がないこと、以前に鼓室形成などの手術を受けていないことなどいくつかの条件がある。保険適用にはなっていないため、自費診療であることにも注意が必要だ。施術適応があるのは鼓膜に穴が開いた人のうち4分の1程度という。

 鼓膜耳の穴の一番奥、外耳と中耳の境界にある3層の薄い膜。外からの音を空気の振動としてとらえ、振動を電気信号に変える内耳へと伝える。鼓膜が破れると聴力が弱まるだけでなく、細菌感染を引き起こす原因にもなる。

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