中国、韓国、インド、中東…わかりにくい 日本人がイライラする理由

2016.2.7 17:10

 「えっ、そんなことで怒られるの?」新興国の文化やマナーは、日本人にとってともすれば欧米よりわかりにくいもの。ビジネスに役立つ習慣を紹介しよう。

 ちょっと小耳にはさんだ話なんですけどね。インドのある日系工場で、日本人の上司がインド人の部下に汚れた作業デスク回りを掃除するように、と命じたそうなんです。そうしたら、部下は『掃除は自分の仕事じゃありません。掃除は下のカーストがやる仕事ですからやりません』と拒否したんだそうです」

 こう語るのは大手メーカーでインドや韓国など世界9カ国に駐在した経験を生かし、現在、海外経営のコンサルティングを行っているシンクグローブ・コンサルティング代表の糸木公広氏だ。インドは日本人が知る4つのカースト以外にも実はさらに細かいカーストがあり階層は複雑。日本人なら自分のデスク回りをちょっと掃除することぐらい当たり前だが、インドではそうはいかない。

 「職人気質だった日本人上司は怒って自分でほうきを持って片付け始めた。それを見たインド人社員たちもしぶしぶ掃除をし始めたのですが、たまたま日本からきていたスタッフがその姿をビデオに撮ろうとしたところ、社員たちは『やめてくれ。こんな姿を公にされたら末代までの恥だ』と慌てたとか。インドではそれだけカースト制度の影響が大きく、自分の仕事以外はしないのが原則。日本人にはわかりにくいことですね」

 ささいな出来事にすぎないが、労務管理の難しさを考えさせられる深いエピソードだ。こういうときは掃除担当の人を別に雇うか、机をきれいにする合理的な理由を説明するところから始めたほうがいいと糸木氏は語る。

 インドといえば、昨年スズキの現地工場で起きた暴動をすぐに想起する人もいるだろう。結局、暴動の原因は特定できなかったが、憲法上は廃止されているカーストが今もインド社会に根強く残っていることを痛感した人も多いはずだ。下位カーストの人を昇進させても、上位カーストの部下が無視してビジネスがスムーズに運ばないといったことも実際に起きている。複雑なインド社会を日本と同じ目線で見ると思わぬ騒動に巻き込まれてしまいかねない。

 何しろインドでは階層によってトイレまで異なる。以前インドに駐在していた日本貿易振興機構(ジェトロ)の河野敬氏も、最初はトイレが2つあることに驚いたという。河野氏はインドでビジネスをする際、「カースト+出身地+宗教+学歴」を見なければならないと指摘する。

 北部と南部では顔立ちも異なり、基本的に仲が悪い。肌が比較的白い北部のほうが優位に立つという意識があるが、学歴が高ければ地域差やカーストを飛び越えることもあり、単純な方程式はない。チームでプロジェクトを遂行する場合には、現地のマネジャーと相談して決めることが賢明といえそうだ。

 女性の扱い方も難しい。インドでは、近年、レイプ事件などが多数報告されている通り、夜道を歩くのは危ないので、女性社員を会社の夜のパーティーなどに誘う場合は父親や夫の承諾が必要だ。送迎も必須。ただし、全体的に女性蔑視の傾向はあるものの、カーストが高い女性の場合は欧米の大学に進学しているなどの例もあり社会的に高い地位についていることもある。

 こうした女性に対する対応は中東にも当てはまる。エジプトに駐在していたことがある同じくジェトロの若林利昭氏によると、エジプトでも女性の社会進出はそれほど進んでいないものの、キャリアウーマンはそこそこオフィスにいるという。そうした女性は仕事も男性と対等にできる人が多いが、気をつけるべきことはやはりある。若林氏は知人からこんなエピソードを聞いたと明かしてくれた。

 「ある日本料理店にクウェート人カップルがいて、女性が割り箸の割り方がわからなかったそうなんです。それを隣のテーブルにいた日本人男性が親切に教えてあげたところ、クウェート人男性からひどく睨まれたというんですね。クウェートでは、お相手がいる女性に対して男性がむやみに話しかけたりしてはいけないのです」

 中東では「男性が女性を庇護してあげている」という「所有者」意識が強い。たとえ親しくなった同僚とはいえ、日本人男性が部下の女性の肩などを触ったら大変なことになる。

 そういったことも含め、中東全体を覆っているのはイスラム教。生活も仕事もすべてはイスラム教を抜きに語れないといっていい。お祈りの時間は仕事中であっても退席することは認めざるをえないし、豚肉は食べない、お酒は飲まないなどの制限があるので、日本流の「ノミニケーション」は皆無と思ったほうがいい。

 若林氏によると、「アラブ社会のIBM」というのがあるそうだ。「Iはインシャラーの略で『すべては神のご意志で』、Bはボクランで『明日』、Mはマアレーシュで『気にするな』、つまり、すべては神様が決めることであり、明日またのんびりやろうや、という意味」なのだとか。こうしたことが理解できないと、日本人はついイライラしてしまうかもしれない。

 ただし、国によって濃淡はある。トルコやエジプトなどは比較的戒律が緩く人々もフレンドリーだが、サウジアラビアなど湾岸諸国では女性の仕事を制限し、ベールを義務付けるなど戒律が厳しい。ドバイなどはホワイトカラーも外国人労働者が占めており、地元の人が町で働いていないなど特殊な位置にある。中東諸国は十把一からげに見てはいけないということだろう。

 一方、日本人のビジネス相手として最も身近な中国や韓国はどうだろうか。カーストや宗教がモノをいうインドや中東と違って日本人が理解に苦しむようなマナーはあまりなさそうだ。中国人や韓国人は日本人と顔も体形も似ているうえに距離も近いので、精神的なハードルは低い。とはいえ、知らないと困るマナーもある。

 豊田通商の中国駐在経験者で、現在は日中投資促進機構に出向中の千野裕輔氏は、中国人とのつき合いで重要な位置を占める宴会についてこうアドバイスする。

 「お酒があまり得意でないのなら、中途半端に飲まないほうがいいですね。地方都市などでは商談に顔を見せなかった“酒席”専門要員が駆り出され、外国人をつぶそうとすることもあります。飲めない場合は肝臓が悪いので、など健康上の理由をつけて、きっぱりと断ってもよいと思います。中国語でトップのことを首席代表といいますが、中国では首席ではなく“酒席”を用意するのはよくあることなので、こちらも飲める人を用意すればよいのです」

 宴会で仕事の話が飛び出すこともあるが、酔って大言壮語しないのもマナーだ。酔った勢いで投資するなどと口走ろうものなら、言質を取られてあとで困ってしまうこともある。

 宴会ではホストが座る席など序列が決まっており、それを無視すると先方の気分を害することもあるので、中国人スタッフとよく相談することだ。宴会ではほかに「乾杯のとき取引先よりも杯を低くする」などのマナーがあるので、事前に知っておく必要があるだろう。

 ほかにも中国には「時計やハンカチは(不吉な意味があるので)贈らない」などのマナーもある。プレゼントは大きく目立つものがよいとされる風潮があり、日本式に「つまらないものですが」などと謙遜する言葉は言ってはいけない。これらは「知っていればできる」基本的なマナーであり、日本人には比較的理解しやすいといえる。

 中国と同じく韓国も日本にとっては身近な国。前出の糸木氏は、かつて駐在した9カ国のうち、最も「話が通じやすい」のが韓国だったという。韓国も中国同様、酒の席でのマナーがあり、韓国の場合は「目上の人の前では横を向いて酒を飲む」などの決まりごとがある。相手の名前を韓国語で呼ぶときには「朴さん」「金さん」ではなくフルネームで呼ぶのが礼儀で、かつ役職もつけて呼ぶことが一般的だ。

 韓国社会で特有なのは肩書が重要視されること。年齢がある程度上がったら世間体を気にして「部長」という役職を与えることが多い。しかし、社内の肩書と社外的な肩書は使い分けているという。また、上司と部下、大学の先輩・後輩などヒエラルキーがはっきりしていることも、この国の大きな特徴だ。

 「形」にこだわる傾向が強く、以前、社長に就任した糸木氏が安いコーヒーショップに入ろうとしたら「社長なんですから、こんな安い店に入らないでください」と部下にたしなめられたとか。「かくあらねばならぬ」という意識を上にも求めるのが韓国社会なのだ。

 とはいえ、糸木氏はわずか2年間の駐在で韓国社会に溶け込むための努力を惜しまなかった。

 「日本人は何を考えているのかわからない」と思われがちなので、積極的に現地メディアに露出し、オフのつき合いで現地社員との親交を深めた。最初は日本人社長をどちらかというと冷ややかな目で見ていた韓国人スタッフだったが、最後には「日本人社長も悪くないですね」と言われるほどの信頼を得たのだ。そんな糸木氏は語る。

 「型どおりのマナーも大切ですが、まずはその国の文化を尊重して入り込んでいくこと。そして相手のハートをつかむことですね。そうすることでよい人間関係を構築できる。マナーはそのための第一歩にすぎないと肝に銘じておくべきでしょう」

 (ジャーナリスト 中島 恵=文)

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