【IT風土記】香川発 AI農業で熟練農家の“匠の技”を学ぶ 多度津町のオリーブ栽培

2017.11.30 11:00

 ICT(情報通信技術)を活用して熟練農家が持つ技術を新規就農者に伝授するAI(アグリ・インフォサイエンス)農業が広がりをみせている。栽培のコツやノウハウを動画や画像を交え、分かりやすく解説するコンテンツを作成。見えにくい熟練の技を「見える化」し、早期に技術を習得してもらう取り組みだ。香川県では、日本一の生産量を誇るオリーブ栽培に新たに取り組む農家向けに栽培技術の学習支援システムの開発を進め、多度津町で実用性を検証している。

 香川県は国産オリーブ発祥の地だ。1908年(明治41年)、米国から輸入されたオリーブの苗木は三重、鹿児島、香川の3県で試験栽培が行われたが、順調に育ったのは香川・小豆島の苗木だけ。以来、小豆島を中心に香川県は日本一のオリーブ産地となっている。特に90年代後半ごろからオリーブの健康効果が注目されると、需要が大きく広がり、香川県は栽培面積の拡大に取り組んでいる。県中部にある多度津町でも2011年以降、50軒の農家が新たにオリーブの栽培を始めている。

 「多度津町はもともとブドウの栽培が盛んだったが、高齢化と後継者不足を背景に栽培に手間がかかるブドウ栽培をやめる農家が増え、耕作放棄地も目立ってきた。一方で、オリーブは手入れが楽で、高齢になっても続けられる農業の一つ。耕作放棄地を解消する目的もあり、多度津町での栽培を働き掛けた」と香川県農政水産部農業生産流通課果樹・オリーブグループの森末文徳課長補佐は語る。

 県は多度津町で2015年から開発を進めてきた、ICTを活用した栽培技術の学習支援システムの実証実験を行っている。小豆島にある日本で唯一のオリーブ栽培の研究機関、県農業試験場小豆オリーブ研究所の研究員が持つ栽培ノウハウのデータをカメラやセンサーを用いて収集し、テキストや音声で補足をしてデジタル化した。これを栽培プロセス毎に10~20問の問題にして、熟練の技術を学んでもらう。農家はスマートフォンやタブレットでコンテンツを見ながら栽培技術を学ぶというもの。これまでにオリーブ栽培の中で重要な作業である「剪定」「収穫」のコンテンツを完成させ、多度津町の10軒の農家に実際に利用してもらっている。

 「栽培についてはまだ分からないこともある。農作業の合間に家でタブレットを開いて勉強している。栽培のコツが紹介されているので役立っている」とこのシステムを利用した秋山豊子さんは語る。父から受け継いだブドウ畑を守ろうと150本のオリーブを植えた。学習支援システムのおかげで今年はオリーブの実の生育も順調で、「昨年まで一人で収穫していたが、今年は栽培仲間にも手伝ってもらい、1000キロの収穫を目指している」という。

 県がまとめたオリーブ産業強化戦略では2014年度に383トンあったオリーブの生産量を20年に500トンまで増やすことを目標に掲げている。それには主要産地である小豆島だけでなく、多度津町のように香川県本土での生産を広げることも求められる。また、後継者となる新規就農者の確保も大きな課題だ。森末課長補佐は「新規のオリーブ栽培に就農した人が早く一本立ちできるようにするためにもこのシステムを活用していきたい」と学習支援システム開発のねらいを明かした。

 香川県で取り組んでいるオリーブ栽培技術の学習支援システムは、慶應義塾大学環境情報学部の神成淳司准教授が提唱したAI農業の考えに基づき、NECソリューションイノベータが開発したシステムで、作物に合わせて学習コンテンツを入れ替えることができる。現在、香川のオリーブだけでなく、ミカンやマンゴー、イチゴ、アスパラガスなど全国各地のさまざまな作物の栽培で同様の取り組みが広がっている。

 神成教授は「そもそも日本の農家は同じ面積当たりで3倍、5倍も稼ぐ人がいる。熟練農家になると、70歳を超えても2000万円稼ぐ人もいる。こんなにも可能性のある産業は意外と少ない。その意味でも農業は産業としての可能性を持っている」と語る。農業を成長産業に変身させるカギとなるのは「暗黙知(匠の技)の形式知化(見える化)」という企業の経営管理手法の導入だ。

(この続きはNECのビジネス情報サイト「WISDOM」でお読みください)

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