【ローカリゼーションマップ】思いのほか頼りになる「好き嫌い」という判断基準 経営戦略と美意識を結んでみる

2018.2.25 06:00

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 先日、イタリアのある大手企業の幹部と話している際、「日本では、いい悪いではなく、好き嫌いをもっと判断基準に使うと良い、という声が出ている」というネタを出してみた。

 ネタ元は山口周さん『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるか?』と楠木健さんの『好き嫌いの経営』の2冊の本である。

 日本の企業では新しいデザインのプレゼンがあれば、その場にいる地位の高い人の「これはいい」「これは悪い」という発言を周囲の人はじっと待つ。しかしイタリアの企業では「これが好きだ」「これは嫌いだ」との発言を役員の前で新入社員でもする。

 日本とイタリアの企業の間にある、このような差異を長くみてきたぼくは、上記の2冊の本に書かれている内容がイタリアでは日本と違って受け取られると想像していた。本の中身の詳細に触れるわけではないから、これら2冊そのものへの反応というよりも、こういう話題にどうコメントが返ってくるか、である。

 社会が速いスピードで大きく変わる今の時代は、定量的・論理的な詰めだけに頼るのはリスクが高い。曖昧で不安定な状況で直感や美意識で判断する大切さを説く山口さんの話に対しては、「イタリアの社会では、カオスな状況にあって一つの壁にぶち当たれば、もう一つの選択肢を瞬時に探し出す柔軟性が求められてきた。直感や美意識を重視するのは言うまでもない。イタリアの文化そのものだ」とのコメントがくる。

 日本の人は細かい段取りを重んじてきたから、今、それに対する反省が強調されるのだろう、との先方が言わんとするニュアンスも感じる。

 グローバル大企業の幹部がアートを学ぶ動向について、「アングロサクソンの人たち、特に米国の人たちはアートや歴史の素養があまりに低いからね、トップのなかのトップを除けば」とやや批判的な物言いが出てきた。

 美的な素養に関してイタリアの人は圧倒的な自信をもっている。あまりに自信をもっているように振る舞うから、他国の人は「そのわりにダサいものも多いじゃない」と嘲笑したりもする。そうした穴はあるが、例えばイタリア人の姿を国内外で眺めたとき、他国の人と比較して平均的にダサいファッションが少ないのは確かである。

 経営戦略と美的判断の距離が非常に近いのもイタリアの特徴だ。戦略コンセプトを決めてトップダウンでデザインを決めても面白いものにならない、ということを身体で知っている。「ダサいデザインを生む戦略って何の役に立っているの?」という具合だ。

 それで楠木さんのテーマである好き嫌いが前面に出るのか?

 「小さい企業は美的趣味がそのままビジネスのあり方に出るが、我々ぐらいの規模の会社になると、そうはいかない。というか、ほっぽっておくと誰もが、好き嫌いを語るから、どこかのタイミングで責任ある立場の人が判断をするようにしないといけない」

 責任ある立場の人も、言うまでもないが、イタリアの人は自分の好き嫌いを明らかにしたうえで判断結果を示そうとする。個人的嗜好は表に出すべきではない、と隠しがちな日本のビジネスパーソンとは事情を異にする。

 というのも、好き嫌いで判断するのは子どもである、ということを日本の躾では散々言われてきたような(気がする)。大人は感性や感情を超えた次元、つまりは合理性を優先して判断するべきだ、と教え込まれてきた(気がする)。

 イタリアの教育でも同じようなことを言われるが、個人が嗜好から逃げられるはずがない、という前提でものを言っている。合理的な思考に向かいながらも、徹頭徹尾合理的であるのはありえない、との合意が強いのだ。だから「固い枠から、はみ出してきた好き嫌い」は積極的に受け入れる。

 結論だ。混沌なる状況へ立ち向かうにあたり「これが決まりだから」「これは良いこととされている」という既定の考え方はあまり役に立たない。よって好き嫌いのような自分だけで判断できる基準が思いのほか頼りになる。

 ただ、好き嫌いを振り回すのではない。どうしようもなく(抵抗しようがなく、と表現してもよい)自分を振り回す好き嫌いに素直に従うのだ。この好き嫌いの強さを見極める力は必要となるはずだ。(安西洋之)【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)とフェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

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異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。

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