【ローカリゼーションマップ】そこに多角的視点はあるか? 異文化を深く理解するということ 「量より質が肝心」

2018.11.23 06:30

 【安西洋之のローカリゼーションマップ】「大事なのは、量ではなく質だ」と気づいている人は少なくない。しかしながら、「かつてはバックパッカーで、世界何十か国をまわりました!」と自慢げに話す人はなかなか減らない。

 訪問した国の数で知識は増えるが、ある文化圏を深く理解するには至らない。その文脈で、バックパッカーとはせいぜいバックパッカーの生態に詳しい人、というのがぼくの少々意地の悪い見方である。

 この10数年、多く語られるようになった新しいタイプは「移動を頻繁にして、生活の本拠地であまり長く時間を過ごさない」人だが、その1つとして「多拠点生活者」がある。

 住所を複数もつ人だ。またはエアビーアンドビーなどを利用して、自分の棲み処を一定期間他人に貸し、離れた場所にある他人の家を借りるとのパターンもある。

 ぼく自身、日本とイタリアの両方に拠点があるので「2拠点生活者」であるが、「ライフスタイルとして」どうのこうのと語る気にはならない。自分のフィロソフィーを語るほどに、この複数拠点スタイルに思い入れがあるわけではなく、たまたま結果的にそうなっているに過ぎない。

 しかし、語らないもっと大きな理由は、じっくり「そこ」にいないと、「そこ」の文化メカニズムがよく分からないと痛切に感じているからだ。

 例えば、ぼくがイタリアの社会を自分なりに「掴んだ!」と思えたのは、子どもが小さい時の親同士のつきあいと、その子どもの祖父母たちと話すようになってからだ。

 「掴んだ!」のは、三世代に渡る「ある事象」に関する、見方の差が見えてからである。

 子供の親は働き盛りの世代だから、自分が家庭をもち、その親(子どもからすると祖父母)に如何に配慮しているかを自信ありげに話す。この層の人たちとは、仕事で十分に付き合っていたから、彼らのことはそれなりに分かる。

 だが、祖父母から「孫の世話を押しつけられるだけでなく、孫のお稽古代までこっち負担だ」と聞かされる。他方、子どもからは「おばあちゃんのところで食事するのはいいけど、長居は嫌だ」との不満がでる。

 たとえ、そういう不満がそれぞれにあっても、外部の人間からすると「3世代に渡る円満なコミュニティ」のように見える。

 問題は、それらの不満が「(コミュニティを壊すほどに)致命的であるかどうか」の判断ができるかである。

 もちろん夫婦が離婚するか、祖父母と疎遠になるか、子どもが家出するか、それは当事者にも予測不可能だ。が、「不満を悲観的にみすぎる」という誤りは、文化理解が甘いとおこしやすい。

 即ち、「これは大変なことになる」とのオーバーリアクションが減るのが、文化に馴染む、ということになる。その次のステップで注意するのは過剰適応がひきおこす、「どうせたいしたことない。よくあるさ」という判断ミスである。

 「ビジネスシーンでもよくあるよ」と咄嗟に思う人もいるだろう。が、ビジネスは基本的に目的がはっきりしている。

 家庭や親戚という明確なミッションがないコミュニティにおいて、「何をもって、そのような展開に至ったのか?」を読み込むことこそが難しい。

 自分のよく知る文化圏と異なるところで、以上のような状況判断をさまざまな局面で繰り返す経験があり、そこに比較の視点を入れながら「文化が分かってくる」。

 さらに「分かった」の意味を説明しておくと、ぼくの場合で言えば、ミラノにある文化の傾向に関し、分からない部分が何なのかを自覚的に観察できるようになったのが、「分かった」ときだ。

 言うまでもなく、抜群に優秀な人は沢山の国を旅して深く分かることもあるし、その逆にまったく旅をすることなく、比較材料なしに文化の普遍的なメカニズムを理解することもある。

 繰り返すが、それは相当にできる人の話だ。稀な例である。

 普通の人は、とても限られた場所での生活経験をもって大きな絵を描き、しかも同時に深くいくことを目指さないと、つまりは多角的に切り込むことをしないと、立体的な文化を「手のひらに感触が残る」レベルで捉えることは難しいだろう。

 質を得ることに真剣になる。これは思いのほか大切である。気が緩むとすぐ量で補ってしまおうとする。それが人の常だ。

【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』、共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)とフェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。

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