【ミラノの創作系男子たち】シンプル=ベスト? 興味あるのはデザインの裏にある「事情」

2019.1.9 06:30

 シンプルこそがベストと言われる。量は少なく、難しいものは易しく表現する。それが王道だ、と。

 しかし、これを全てにあてはめてよいものだろうか。ダニエレ・ロレンツォンは、「そうではないはず」と語る。彼は1950年以降のアンティーク・デザイン製品を扱うビジネスをしている。

 「何ごとにもバリエーションがある。デザイナーの作品には必ずたくさんの派生モデルがある。それらを丁寧に追っていくと、そのデザイナーが派生の流れからふっと切りかわる、つまりレイヤーが異なる作品になる瞬間をみつけることができる」

 ぼくがダニエレと会った日、彼はパリで開催中のイタリア建築・デザイン界の巨匠であるジオ・ポンティの展覧会を見てきたばかりだった。展示のムード作りにはとても感心するのだが、陳列しているジオ・ポンティの作品が、カテゴリーの代表作品だけに絞られシンプルであり、派生型が展示されていないために分かりづらい、と感じたそうだ。

 ダニエレは過去のデザイナーの作品を数多く見て集める。それも1人のデザイナーの派生型だけではなく、材質や製品カテゴリーでもそうだ。例えば、木あるいはメタルがどれだけ使い方にバリエーションがあるか、過去、多くのデザイナーが灰皿を作ったがそれらがどう違うか。これらを見極めるのが好きなのだ。

 だからパリのジオ・ポンティの展示には不満が残った。

 彼の言葉から察するに、大きな声で叫ぶ(今風の)「チェンジ」や「イノベーション」をあまり信用していない。変化には必ず、バリエーションの連続とジャンプを予兆するポイントがあり、実物を手にしながらデザイン史を見てきたダニエレの自らへの信頼の拠り所は、このポイントへの嗅覚にある。

 彼はデザインの勉強をしたが、それまでやや寄り道をした。

 ヴェネツィア大学で経済学を勉強した後、ミラノ工科大学工業デザイン学科に進んだ。しかし卒業後にデザイナーになる道を自ら捨てた。

 「ボールペン1つとって、もうごまんといる優秀な人がデザインしている。そのなかの1人にはなりきれないと思ったのさ。そのかわり、ぼくはそれらの過去の作品の数々を、今の時代に合わせて編集しなおすことに興味があることに気づいた」と今のビジネスに入る契機を語る。

 ぼくは、彼の仕事はコンテクストをつくるクリエイターであると考え、この連載に登場してもらおうと思ったのだ。

 ショールームとなっている3階建ての元工場には、ぎっしりとコレクションの数々が並んでいる。オンラインとリアルの両方で販売しているが、顧客はイタリアが20%、イタリア以外の欧州が30%、残りが米国・中近東・アジアなどだ。

 オフィスの本棚には膨大な冊数のデザイン関係の書籍・雑誌とメーカーの古いカタログが並んでいる。展覧会や店舗設計あるいは舞台美術など、さまざまなところからコレクションの貸し出しのリクエストもあり、リクエストを受けるたびに、これらの資料に手を伸ばす。

 しかし、本のページを何気なく開くことも少なくない。どの時代の誰のデザインということを決めず、ふと手にとる。

 気分と直観と言うしかない。そうして眺めた写真にある家具と突然のリクエストが偶然に一致することもある。したがって、できるだけ自分の頭のなかに仕切りを設けないようにしておくよう努める。

 だからといって、アポイントの先に向かう時、途中で興味をひくものが目についたからと我を忘れるタイプではない。「1分だけ見ておく」といった時間配分を忘れない(これが、デザイナーを目指さない性格なのだろうか)。しかも、カメラで記録を残すようにしている。

 ミラノ市内の移動は自転車か公共交通機関の利用を好み、クルマの運転をなるべく避けるのも、身をフリーにしておきながら、視界に入った人の服装や店のショーウインドーにあるものを瞬時に「捕まえる」ためではないだろうか。

 好奇心旺盛な行動パターンである。

 美術館やギャラリーの展覧会のオープニングパーティにもよく足を運ぶ。キュレーターが何を考えてこの展覧会を企画し、何を展示し、逆に何かを展示しなかったのは何故か、こういうことを知るために彼は出かける。

 そして、トレンドとして動くデザインに一部足を突っ込んでおきながら、そのトレンドにのらないデザインの掘り起こしの方向を決めていく。

 「やはり、今、みんなが見ていないところにある宝をみつけて育てていくのが楽しい」と話す。そのためか、多くの友人とのつきあいに時間を費やすよりも、友人はそれほどいらないから、少ない友人と質の高い時間を過ごしたいというタイプで、「だいたい、孤独でいることが嫌じゃない。寂しさを紛らわすのに他人と時間を共有する必要がない」。

 そして精神的な安定は、週2回の水泳だ。朝や昼前など、あまり人のいないプールで2-3キロは泳ぐ。

 「散歩みたいに論理的な思考はできないけど、水泳中も断片的にいろいろと考える。それでプールから出るとハッと思いついたりする。バタフライをした後なんかは特にサッパリするよ」

 自宅ではLPレコードやCDのコレクションで、ロックからクラシックまでジャンルを問わず音楽を聞く。自分の思索に深く沈むためだ。

 いつも、デザインされたモノの裏側にある「事情」を深く知りたいダニエレは、それを実現するためのベストな環境の整備に余念がない。

【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。

 安西さんがSankeiBizで長年にわたり連載しているコラム【安西洋之のローカリゼーションマップ】はこちらから。【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役/De-Tales ltdデイレクター。ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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