【ミラノの創作系男子たち】他社のデザインには興味なし 「良いバッグは何年も売れ続ける」

2019.3.13 06:30

 デザイナーとは日常の何気ないところで色々と工夫を試みる人種である。(安西洋之)

 リナルド・ガンバリが、自宅からオフィスまで歩いてくる際「工夫をしている」と話した。てっきり、発想法でよくある、日々通勤路を変えて違ったことに出会う可能性を増やす努力を指していると思った。しかし、彼の工夫は歩く姿勢、つまり重心のかけ方や足の運び方を指しているのだった。

 「わざと片方の肩を落として歩いてみるとかね。そうすると無理な姿勢とは何なのかが分かったりするのだよ」

 このように極めて研究熱心だ。

 現在50代半ばのリナルドはプロダクトデザイナーだが、20代は家業のかなりの規模の金属を扱うメーカーの経営の一端を担っていた。

 しかしながら、他社の手によって潰されるとの悲哀を味わいすべてを失う。そこで、かつて好きだったデザインを学び直そうとミラノ工科大学に入学する(実は、この連載のこれまでの登場人物は偶然ながら、すべてミラノ工科大学の卒業生だ)。卒業したのは30歳だ。

 卒業後、建築空間と時計などのプロダクトの両方をデザインしているなか、数年前、自らのバッグブランドを作り、自身で内装も設計した店で販売する。自分のデザインしたモノに対して、比較的に短い時間で反応が戻ってくるのに惹かれたらしい。

 ただ、彼はバッグをファッションアイテムとは考えていないので、年2回新作を発表するとのパターンはとらず、奇抜な表現にも与しない。

 「良いバッグは何年も定番として売れ続ける」と、その理由を説明する。お客さんは、名の知れたブランドとは距離をとりたい人が多い。本人がそう意識しなくても、結果的にこれ見よがしになってしまうのを避けたい人に違いない。

 彼はバッグをどうデザインするのか? 前提として、同業他社がどのようなデザインの商品を出しているか、情報を入れないようにしている。知ればいつの間にか似た路線にいくのが人の常だ。

 創造は生まれ持った能力や育った環境を含め、人生のすべての経験が浮上してくるものだ。生まれ育ったミラノのテイストが自分のデザインに反映されているとリナルドは自覚している。

 彼はコンピューターを使わずに手でスケッチを描く。

 「言葉でコンセプトを記してから実際に鉛筆を動かすこともあるし、その逆で白い紙のうえでひたすら手を動かしていて言葉が思い浮かんでくることもある。いずれのケースでも、必ず原寸大のレンダリングを紙に鉛筆で描くのは同じで、自分を良い状態におくことに常に最大限の注意を払っている」

 そのために音楽は何でも聞く。本もジャンルを問わず古典文学からSFまで読む。博物館を観賞するのも好きだ。目的もなく、心の赴くままにそうする。しかし、何かをしている時にアイデアがやってくるように待機しているのではなく、アイデアは何かをした後である。

 何よりも優先させるのは、頭のなかにある雑念をとり払い心をリラックスさせることなのだ。

 リナルドはもともと争いで心が乱されるのも嫌いだ。街中で人が言い合いをしていても、なるべく見ないようにする。ただし、彼はただ逃げている性格ではない。

 路上で「正しくない行為」をしている人に注意をしないと、彼の心は落ち着かないのだ。時には意を決して声をかける。他人が財布を路上ですられるのを目撃した時は、危険を顧みず自ら奪い返すべく身体が動いた。数回、そうした経験がある。

 ジレンマだ。だからこそ、心の平安には極力エネルギーを費やすわけである。

 服をデザインしたいとは思わないのか? と聞くと、「デザイナーの仕事に発明という言葉は似合わないが、パーソナルなモノを他人とは違うコンセプトで表現したいとの想いはある。ただ、服は自分のできる範囲を超えている」と答える。建築家やプロダクトデザイナーが身につけるものとして手を出せるのは、時計、ジュエリーそしてバッグまでではないかと考えている。シルエットを重視する服はロジカルであることが通じない、と。

 「携帯電話を、ほんとうやりたいのだけどね。スマホは皆同じになっているので、今こそ挑戦のしがいがある」

 最後にもう一度、オフの話題に戻ろう。冒頭、歩き方に熱心だと紹介したが、身体を動かすのは好きらしい。

 「サッカーはずいぶんとやったし、スキーは4歳からはじめ今もやっている。大好きだ。ウインドサーフも世の中に出てすぐはまった。サルディニア島でかなり熱中したよ。テニスもプレーしたなあ。ゴルフはカッとしやすくダメ。あれはアドレナリンがでる。ジョギングは嫌い。繰り返しには飽きる」

 彼は食べることにも目がない。量も多いし、料理の趣味の幅も広い。インターナショナルスクールの出身ということもあり、さまざまな国の友人とのつきあいから、異なる文化への許容度は高い。海外旅行も小さい頃からたくさんしてきた。

 活動的であるがゆえに、頭をからっぽにして心を落ち着かせることに気をつかう。アウトプットにインプットは必要だが、それらを頭や身体のなかで舞った状態にしておくのではなく、いわば花びらが地に落ちるような時間がどうしても欲しい。

【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。

 安西さんがSankeiBizで長年にわたり連載しているコラム【ローカリゼーションマップ】はこちらから。

安西洋之(あんざい・ひろゆき)

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モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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