【IT風土記】熊本発 防災対策を新しい観光資源に VR、AIで阿蘇火口を「見える化」

2019.3.29 18:00

 日本最大級のカルデラ地形を形成する阿蘇山は、熊本県で最も人気が高い観光エリアだ。山頂まで広がる草原は季節によって彩りを変え、訪れた人たちの心を和ませる。麓から眺めると壁のように迫る外輪山。その尾根沿いに伸びる県道「ミルクロード」は絶景の展望スポットが点在する。阿蘇山の中心に位置する中岳は、いまも活発な火山活動を繰り広げている。火口間近まで足を踏み入れることができる世界的にも珍しい火山で、国内外から多くの観光客が訪れている。

臨場感たっぷりの中岳火口映像

 そんな中岳の魅力をVRで体験できるアトラクションが4月1日から阿蘇火山博物館ではじまる。ヘッドマウントディスプレイと呼ばれる視聴用のゴーグルを装着すると、そこには中岳火口が広がる。左右には切り立った火口が迫り、視線を落とすと、火口の底にたまった青緑色に輝く湯だまりが見えてくる。上を向くと、もくもくと沸き立った蒸気が晴天の空に広がっていく。

 「これで中岳の火口の素晴らしい眺めをいつでも観光客に見てもらうことができるようになった。阿蘇観光の新たな魅力になってくれると期待している」。こう語るのは、博物館を運営する阿蘇火山博物館久木文化財団の岡田誠治常務理事だ。

 阿蘇火山博物館は中岳から3キロほど離れた烏帽子岳の北麓、「草千里」と呼ばれる草原の中にあり、阿蘇山に関する火山活動や地形地質、動植物、歴史民俗などに関するさまざまな資料が展示されている。学術面、防災面の研究・調査を行う拠点にもなっている。天候や火山ガス規制にかかわらず、いつでも火口見学を疑似体験できるよう、このサービスの提供を始めた。

※VRで体験できるアトラクションは、熊本県商工観光労働部観光物産課が今年度実施した「阿蘇山上観光VR体験環境整備事業」の成果です

熊本地震からの復興がきっかけ

 中岳の火口が見学できるかどうかは運次第だ。噴火警戒レベルが引き上げられると、火口への出入りは全くできない。18年2月に規制が解除されたが、火口に立ち入りできるのは、火口の火山ガス濃度が低い時に限られる。「観光客がたくさん来ているのに規制になると、ゲートから先には入れない。しかし、ゲートの前で『いつ開くんですか』と多くの観光客が待っている。開けてあげたいが…」と阿蘇市経済部観光課の秦(しん)美保子課長は残念がる。

 「この状況を何とかできないか」。岡田常務理事は、博物館に防災や監視のシステムの提案をしていたNEC未来都市づくり推進本部の佐藤剛幸エキスパートに相談していたという。

 そんな議論をしているうちに16年4月、最大震度6強を記録した熊本地震が博物館を直撃した。麓と博物館を結ぶ阿蘇登山道路や水道などのライフライン、博物館の建物にも大きな被害を受けた。さらにその半年後に起きた中岳の噴火で、博物館が火口に設置していた2台の監視カメラが壊れてしまった。

 博物館は国や県などの支援、民間からの寄付を受け、施設の復旧を進める一方、噴火で壊れた監視カメラの復旧にも着手。NECが修復を担当することになった。カメラには夜間の映像も高精細で撮影できる超高感度のフルハイビジョンを採用。火口から噴出する二酸化硫黄(SO2)からカメラを保護するため、オールチタンのフルHD超高感度一体型カメラを開発した。さらに映像を飛ばすためのケーブルも噴火でズタズタになっていたので火口から阿蘇火山博物館に無線伝送装置でつなぐシステムを新たに構築した。

 火口へのカメラ設置では立ち入りが規制される中、ガスマスクをつけての作業だったという。18年10月からこのシステムが稼働したが、システムの構築には丸2年を要した。このカメラが設置されたことで、防災面では、昼夜を問わず火口の様子を監視・観測できるほか、火山研究にも役立ち、住民や観光客の安全・安心に貢献する。

新たな観光の目玉に

 「火口VR」には、この監視カメラの映像が利用されている。また、火口の研究・監視用に飛ばしたドローンで撮影した映像も活用し、実際の火山見学でも味わえないような迫力ある映像が楽しめる。

 「VRの映像については今後もいろいろなコンテンツを提供していきたい。例えば、実際に噴火したり、火山ガスが発生したりした時のシミュレーションをVR化して、どう逃げたらいいかを学べるようにする。通常の避難訓練はリアリティーを感じないが、VRならリアルな経験ができる」と、佐藤エキスパートは期待を膨らませていた。

 こうした取り組みには阿蘇市も連携。3者は18年7月に包括連携協定を締結した。協定で3者は阿蘇市や阿蘇山周辺地域の「安全・安心かつ持続可能なまちづくり」の実現に取り組むとともに阿蘇市の観光促進のさらなる活発化を目指し、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)といった先進技術を活用した災害対策や観光振興に取り組んでいくという。その中で、3者が目指しているのが、火山ガスの「見える化」だ。

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