【教育、もうやめませんか】日本の科学教育に世界とのズレ 「役立つ研究」を卑下する必要はない

2019.9.12 07:10

 私は教育には興味がない。正確に言えば「教えて人を育てる」ということを信じていない。本連載でも述べたように、人は自らが没頭した時にそのプロセスでしか学ばないし、育たないと信じている。

日本と世界の間に“ズレ”

 先日、高校生の研究活動環境を考える上で大変示唆に富んだ話を伺う機会を得た。この秋、熊本県立宇土高等学校からアメリカのミネルバ大学に進学する成松紀佳さんだ。彼女は2018年に、レンズを通った光がつくる副実像の研究を行い、高校生のための世界最大の科学コンテスト「Intel ISEF(インテル国際学生科学技術フェア)」(以下、ISEF)に出場し、物理天文学部門の優秀賞4等を受賞した。

 世界各国からISEFで発表される研究は、「世の中の役に立つ研究」「課題を解決するための研究」が中心であり、実際にプロダクトやソフトウェアのプロトタイプ開発を行なった上で発表される研究が上位を占める。審査委員からの諮問においても「その研究がどのように世の中に応用されるのか」を詳細に問われるという。

 一方、日本の高校生の研究は基礎研究や「知りたいことを解明する」ことが中心であり、ISEFでの諮問・発表では大変苦労するということだ。成松さんは過去のISEF出場者からアドバイスを受け、自らの研究と社会課題をいかにマッチさせるかについてISEF直前に対策したという。

 日本のノーベル賞受賞者が最近盛んに、どのように役に立つか分からないが未来への投資となりうる基礎研究・学問研究を行うことが重要だと言う。私はそれを否定するつもりはない。基礎研究が科学立国の礎だというよく聞く言説も否定するつもりもない。基礎研究はスポーツ選手でいう筋トレと同じだ。しっかりとした土台を作ることは必要だ。また、まだ明らかになっていない現象を明らかにすることは科学の本質であり醍醐味であることも理解しているつもりだ。

 しかし、だからといって応用的な研究、社会にいかに役に立つかを指標とする研究を卑下したり邪道と考える必要は全くない。要は両方を行ったり来たりするべきではないかと考える。とりわけ高校生の研究活動ではだ。

 研究の先端にいる人の中にはもはや基礎研究と応用研究は絶えず表裏一体であり両者を分ける意味すら感じていないと言う人もいる。が、日本の若年層への科学教育の現場では明らかに基礎的な研究、応用を敢えて無視した純粋研究を尊ぶ傾向がある。しかし、高校生世代が研究活動をするに際して最も必要なのは、研究の楽しさをまず得ることだ。

「課題」が基礎研究と課題研究をつなぐ

 研究の楽しさを知るためにも、手元で小さいながら成果が見えるもの、実際にものとしてつくりあげて世の中に「こんなものを作ってみました」「こんな課題を解決できます」と言えるものを生み出す経験が必要だ。「知りたい」「明らかにしてみたい」という興味関心を、世の中や身の回りの課題と繋げさらに研究を進めること。これが多くの高校生、そしてまずは我々が試行錯誤しながら整備してきた研究機関、Manai Institute of Science and Technology(以下、マナイ)の本場生徒に注力してほしいことだ。

 例えば、塩分濃度によって液体を段階的に浸透させる膜の研究をおこなっている生徒がいるとする。水泳選手や水中作業員の健康管理ができていないという課題に触れ、水中での皮膚の汗を計測し選手や作業員がどのくらい水分を摂取すべきかを計測する仕組みの研究に発展させる。さらには選手や作業員の肌に貼る計測パッチのプロトタイプ制作までを行う、そんな基礎研究⇒課題設定⇒応用研究の流れをおこなってほしい。

 現状の「教えて育てる」教育では、この基礎研究と応用研究をつなぐ課題を得ること、言い換えると「問いを立てること」は不可能だ。研究者である生徒の個人的な興味関心と、課題が起きている現場、そして先行してその課題に取り組んでいる本場との関わりなくしては、こういった流れは生み出せない。

 そういった基礎研究と応用研究をつなぐ社会課題設定プログラムをマナイでは開発している。生徒の興味を軸としつつ、学問研究と社会課題が繋がる環境があることがマナイの他にない強みだと自負している。

新たな出発点に立ったマナイ

 今月9月7日、ついに、マナイが正式にオープンした。2014年暮れに狼煙をあげた本活動の一旦のゴールであり、同時に新たな出発点である。

 一期生に関しては他の高校(通学制、および通信制高校)に在籍する生徒を対象とするかたちでの開校となった。申請予定であるWASC(インターナショナルスクールの認定資格・卒業生にとっては多くの大学への出願資格となる)の取得時期に関して当校側ではコントロールできない点が多く不透明であり、生徒の大学受験時のことを考えての結論だ。フルタイムの高校としての通学を希望していた生徒にとっては想定を狂わせてしまったが、卒業資格発行という学校のひとつの役割を担わず、純粋に教育要素を持つ研究所としてスタートすることとなった。今回マナイに参加する12名の生徒は、自らの研究テーマを持ち日々科学的探求活動を行う。

 次期の生徒募集について、また途中参加についての相談も、絶えず受け付けているので気軽に声をかけていただきたい。

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野村竜一(のむら・りゅういち)

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エデュケーションデザイナー
Manai Institute of Science and Technology代表

1976年東京都生まれ。東京大学卒。NHK、USEN、アクセンチュアを経て「旧態依然とした教育が人の学びを阻害している。学びをアップデートさせたい」との思いから起業。2019年秋、サイエンスに特化したインターナショナルスクール「Manai Institute of Science and Technology」を開校。「サイエンスを武器に世界中で夢をカタチにし、課題を解決できる」人物の輩出を目指す。論理的思考力養成の学習教室「ロジム」も経営。

【教育、もうやめませんか】は、サイエンスに特化したインターナショナルスクールの代表であり、経営コンサルタントの経歴をもつ野村竜一さんが、自身の理想の学校づくりや学習塾経営を通して培った経験を紹介し、新しい学びの形を提案する連載コラムです。毎月第2木曜日掲載。

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