【乗るログ】オーナー自ら操るという選択肢 幽霊のように舞うロールス・ロイスのゴースト

2020.5.9 07:00

 ※現在、新型コロナウイルスの影響で【乗るログ】の取材を自粛しています。再開するまで当面の間、過去に注目を集めたアーカイブ記事を厳選して再掲載します。「そういえばこんなクルマも紹介していたなあ」と少しでも楽しんで頂ければ幸いです。記事の内容は基本的に掲載当時の情報となります。

 《2017年12月掲載》ロールス・ロイスといえば、ショーファードリブンと呼ばれる「運転手付きの高級車」をイメージされる方が多いのではないだろうか。実際、そのような用途に最も適したスーパーラグジュアリーの代名詞ともいえる存在なのだが、実はオーナー自ら運転する喜びを訴求したモデルも展開している。今回は4ドアサルーン「ゴースト」のハイパフォーマンスモデル、「ゴースト ブラック・バッジ」に試乗。往路は後席のパッセンジャーとして、復路はドライバーとして“未知の領域”に足を踏み入れてみた。(文・写真 大竹信生/SankeiBiz編集部)

 リヤシートで味わう別世界

 ロールス・ロイスは1906年にイギリスで設立された超高級自動車メーカーだ。現行ラインアップの頂点に立つ「ファントム」をはじめ、歴代のロールス・ロイスには「幽霊」を意味する車名が多いのが特徴の一つ。その中でもゴーストはわれわれ日本人にとって最も馴染みのある、広く知られた単語だろう。ちょっと不気味で、どこか神秘的でもある車名を用いる理由は、「幽霊のように静かに動く」からだと言われている。

 ゴーストはロールス・ロイスの中で中核モデルの役割を担っているが、いざ目の前にすると言わずもがな立派な体躯をしている。威風堂々と構える伸びやかなボディは全長5399mm、全幅1948mm、全高1550mmを誇り、ホイールベースは3mを優に超える。パワートレーンは6.6LのV型12気筒ターボエンジンに8速ATが組み合わされ、標準モデルから42馬力も引き上げたブラック・バッジは612PSというハイパワーを絞り出す。

 いつもなら真っ先に運転席に収まるところだが、ロールス・ロイスならまずはショーファードリブンを試すのが定石だ。運転は同行した小島記者に任せ、筆者はコーチドアと呼ばれる観音開きのドアの奥に広がる後部座席に乗り込んだ。

 まだ心の準備が整わないまま大きなリヤシートに体を預けたのだが、その瞬間にこれまで取材してきたクルマでは味わうことのなかった未知の感覚が全方位から畳み掛けてきた。重厚感のある手縫いのレザーシートは何とも言えない不思議な触感で、筆者が知っている本革とは明らかに異なるものだ。クッション型のヘッドレストは、高級ホテルの枕のように後頭部を優しく包み込む。足元には毛足の長いラムウールのフロアマットがびっしりと敷き詰めてあり、足裏と床の接地感は浮いているかのようにほぼ皆無。「ガチャン」ではなく「カッ…チャン…」としっとり上品にクローズするコーチドアは、まるで重厚な金庫の扉を閉めるかのような所作だ。レッグスペースは脚を組んでも前席が遠く感じるほど広々。重みのあるシートバックテーブルは高級家具のように質感が高い。灰皿もタバコを吸うためというよりは、葉巻を置くためのホルダーを取り付けたシガー用であることが分かる。これでもすでに驚きの連続だったが、カルチャーショックの極めつけは、真昼間の天井に広がる“満天の星空”だった。これは1300個超の光ファイバーライトを高級レザーの中に張り巡らせた「スターライト・ヘッドライナー」という装飾で、何とオーナーが選んだ星座を描いてもらうこともできるそうだ。これはあくまでオプション装備なので、不要と思えば取り付けないという選択肢もちゃんとある。

 車内に流れる「静寂の音」

 東京駅周辺からアクアラインを経由して千葉県富津市を目指す。小島記者が6.6Lの大排気量ユニットに火を入れると、エンジン音を主張することなくひっそりと起動する。というよりも、おそらくふんだんに使っている遮音材と吸音材が、ノイズの侵入を完全にシャットアウトしているのだろう。出発の準備が整うと、初動のショックを微塵も体に伝えることなく、氷上を滑るかのようにスーッと無音で走り出す。もし目隠しをしていたら、アクセルを踏んだ瞬間を感知するのは相当に難しいだろう。そう思わせてしまうほどにすべてがスムーズだ。

 後席向けに9.2インチモニターが装備されており、アームレストのコントローラーでインフォテインメントを楽しむことができる。ちょうどお昼時だったので、テレビを起動してニュースや情報番組をザッピング。電波状況が良ければ画像はかなり鮮明だ。車内を暗くしたければ、手元のボタンでリヤやサイドウインドーの電動カーテンをワンタッチで閉めることができる。アームレスト収納スペースの奥にある扉を開けば、なんと冷蔵庫が出現。グラスを収めるホルダーもあるので、いつでもキンキンに冷やしたシャンパンを楽しむことができるのだ。

 ゴーストの名は伊達じゃない

 肝心の乗り心地だが、結論から言うと極上だった。路面の凹凸やざらつき、ロードノイズはすべてカット。2.5tという超ヘビーな車重を生かしたエアサスの味付けが絶妙で、一般道から高速道路まですべての速度域においてゆったりとフラットな走りを味わえる。まるで浮いているかのようなフワリとした乗り心地は、西洋の幽霊や妖精がヒラリと宙を舞うようなイメージを連想させる。これぞまさにゴーストの所作だ(などと、東京ディズニーランドの「ホーンテッドマンション」のような幽霊を勝手に想像する…)。

 硬めに仕上げたレザーシートは体のラインに合わせてクッション材が程よく沈み込み、乗員を気持ちよくサポートしてくれる。シートバックとオットマンはアームレスト側面のスイッチで好みの角度に調節可能。正直に言って、これほど座り心地のよいシートと出会ったのは初めてだ。ロールス・ロイスが長年にわたって後部座席の快適性を第一に追求してきたことを考えれば、至極当然である。すべてをショーファーに委ね、静寂の空間を自分好みにアレンジして思いのままに過ごす-。パッセンジャーにとってこの上ない贅沢な移動手段だ。

 ついにハンドルを握る

 後席の試乗を終えたところで、今度は筆者が運転席に収まる。ダッシュボード周辺はアルミニウム糸とカーボンファイバーを織り込んだコンポジット材サーフェスを採用。6回のラッカー塗装を重ね、職人が手作業で研磨して鏡面仕上げを施しているという。目や指に触れるところはすべてこの素材、もしくはレザーで覆われている。チープなプラスティックはほぼ見当たらないのだ。

 細めの大径ハンドルを握り、ギアを「D」レンジに入れて発進させる。その巨体に似合わず、1mm程度の微細なアクセルワークも確実に加速につながるほど繊細に動くのだが、かといって過敏な印象は全く受けない。ジェントルに伸び上がる加速感はもちろん、上り坂でも意のままに操れる力強いトルク、ハンドル操作に忠実なダイレクトな走行感など、これまで経験したことのない極上のドライブフィールに一瞬で心を奪われてしまった。

 ブラック・バッジは先述の通り、自ら運転する楽しさを訴求するハイパフォーマンスモデルである。0-100km/h加速は驚愕の4.8秒、最高速度250km/hというスペックを見れば性能の高さは一目瞭然。高いコントロール性をもたらす21インチの低扁平&極太タイヤを履き、ホイールの外周にはカーボンを採用するこだわりようだ。アクセルを踏み込めばV12エンジンが躍動して瞬時に法定速度に達してしまう。これに8速ATと高性能ブレーキが組み合わされ、大型サルーンに似合わぬ俊敏な走りを披露する。圧倒的な動力性能はもはやスポーツカー並みだ。それなのに、どれだけ速く走ってもエンジンは低い音をかすかに立てる程度で、キャビンには常に優雅で快適な空気が流れている。試しに高速道で窓を開けた瞬間に「ゴーッ!」と風を巻き込む轟音が耳を貫いた。「外はこんなにうるさかったのか!」-。外界と車内空間を真っ二つに切り離すゴーストの高い静粛性には、もはや脱帽するしかない。

 意外にも車両感覚はつかみやすく、取り回しに難儀する場面も地下駐車場を除けば少なかった。前方はボンネットの先端に立つロールス・ロイスのマスコット「スピリット・オブ・エクスタシー」がいい目印になるし、実は車幅も把握しやすい。試乗前に「さぞかしデカくて走りづらいんだろうなぁ」と緊張していたのがウソのよう。それよりも、むしろ気を使っていたのはゴーストの周りを走るクルマだったのかもしれない。「混雑時の車線変更ってこんなに楽だったっけ?」と感じるほど、ウインカーを出せばすぐに前に入れてくれるのだ。そういえば、車両借り出しの際に英国人の広報担当が「周りがよけてくれるから心配ないですよ!」と緊張をほぐしてくれたのを思い出した。よっぽどの自信がなければそんなセリフは出てこないと思うが、結果的には「まさにおっしゃる通り」だったわけだ。

 確かに巨体ではあるが…

 途中からショーファー気分に浸りながら後席の小島記者に乗り心地を訪ねると、「いやー、素晴らしいね。気持ちよすぎて眠っちゃいそう」とご満悦の様子。しばらくすると、静寂な車内の後方から本当に寝息が聞こえてきた。ショーファーとして快適性を意識しながら運転していた筆者としては、たまらなく嬉しい瞬間だ。これは筆者の運転技術がもたらした結果ではなく、ロールス・ロイスだから快眠を誘えるのだ。

 ロールス・ロイスを所有するオーナーの大半は、ビジネスで成功したような人たちだろう。そんな彼らが愛用するゴーストはエントリーモデルとはいえ、他メーカーの高級セダンと比べると圧倒的に大きい。あまりピンとこないかもしれないが、ロールス・ロイスと肩を並べる超高級車、メルセデス・ベンツの「マイバッハ」とほぼ同じサイズである(ちなみに全長5465mm、全幅1915mm、全高1495mm)。地下駐車場では角を曲がるたびに神経を使ったし、ほとんどの機械式パーキングは全長・全幅でアウトだ。ガソリンスタンドに洗車で立ち寄ったときは、「この大きさだと止めるスペースが限られるので、混み合っているときは今後お断りさせていただくことがあります」とくぎを刺された。にもかかわらず、いったんサイズに慣れてしまえば、先述の通りほとんどの場面において運転に苦労することもなかった。「うちら庶民だからいいじゃん」と向かった某ファミリーレストランの駐車場では、ぎりぎり枠内に収めることもできた。富裕層がファミレスに行くかはさておき、ゴーストは後席に乗っても運転しても非常に収まりの良い、扱いやすい高級サルーンなのだ。

 優美かつダイナミックな佇まいと、濃密という意味でのリッチ感に満ちた最上級クラスの快適性とエレガントな設え。そんなラグジュアリー空間に身を置いて、ショーファードリブンによる至極の時を過ごしながら目的地へ向かう喜びは格別だ。ときにはオーナー自らハンドルを握って-。そんな贅沢な選択肢があるのがゴーストだ。次回はロールス・ロイスの4人乗りコンバーチブル「ドーン」を紹介する。お楽しみに。

【乗るログ】(※旧「試乗インプレ」)は、編集部のクルマ好き記者たちが国内外の注目車種を試乗する連載コラムです。更新は原則隔週土曜日。アーカイブはこちら

■ロールス・ロイス ゴースト(ブラック・バッジ)

 全長×全幅×全高:5399×1948×1550mm

 ホイールベース:3295mm

 車両重量:2490kg

 エンジン:ターボチャージャー付きV型12気筒

 総排気量:6.6L

 最高出力:450kW(612ps)/5250rpm

 最大トルク:840Nm/1650~5000rpm

 トランスミッション:8速AT

 タイヤ:(前)255/40R21(後)285/35R21

 駆動方式:後輪駆動

 トランク容量:490L

 定員:5名

 最高速度:250km/h(リミッター制御)

 ハンドル:右

 燃費:6.01km/L(筆者が満タン法で計測)

 車両本体価格:3890万円

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