【試乗スケッチ】“アウトバーン”仕様の恐ろしい性能 BMW「M5コンペティション」に脱帽

2021.1.30 06:00

 サーキットで体感した強靭なトルク

 BMW「M5」が性能をさらに研ぎ澄まして誕生した。日本市場に送り込まれたのは昨年の暮れのことだから、正式には2020年モデルということになるのだろうが、ユーザーの手元に本格的にデリバリーされるのは今年である。そんな最新のモデルを富士スピードウェイでテストする機会を得た。しかも、M5の中でもさらに性能を際立たせた「M5コンペティション」である。おそらく日本初であり、あるいは唯一かも知れない。これを報告しないわけにもいくまい。

 M5コンペティションは恐ろしい性能を秘めている。搭載するエンジンはV型8気筒DOHC、排気量は4.4リッターにも及ぶ。ターボチャージャーは贅沢(ぜいたく)に2基組み合わされる。

 最高出力は625ps。6000rpmでピークに達するという化け物である。M5からさらに25psのパワーを嵩(かさ)上げしているというから、それほどのパワーが必要なのかと疑問に感じるほど高みに達しているのだ。

 最大トルクは750Nmというから恐ろしい。その強靭なトルクがわずか1800rpmから溢(あふ)れ出し、しかも5860rpmまでキープされるというのだから、常に戦闘態勢、全域がパワーバンドである。

 実際の加速は、身構えていたとはいえ、ちょっと怖いほどの感覚に襲われる。アイドリングでユルユルしている時点ですでに、トルクが爆発する前兆を感じる。そこからフルスロットルなど見舞うものなら、首がベッドレストに叩きつけられる。体調が優れていなければ、吐き気さえするのだ。

 富士スピードウェイの直線は長い。とはいえ、最終コーナーはタイトであり、低速からの立ち上がりとなる。それでもストレートエンドで速度計の針を確認すると、軽々と270km/hを指しているのだ。これはもう、レーシングカーの世界である。

 トランスミッションは8速ティプトロニックであり、次々とシフトアップが急かされる。本来ならしばらく時間がかかるはずのストレートを、あっという間に走り切ってしまうのだ。

 それでいて特に驚かされたのは、ブレーキングである。2020年モデルでは、ブレーキには電子的な細工がなされており、初期の踏み込みからマックスの減速Gが発揮されるのだ。軽はずみに踏み込むと、首がガクンと前倒しになる。加速でヘッドレストに叩きつけられ、減速で前のめりになるのだから、これはもう暴力と言っていい。

 力強い減速Gと紳士的なコーナリングマナー

 実は2019年モデルでもサーキット走行を経験しているのだが、2020年モデルとの最大の違いはブレーキングフィーリングである。先代のブレーキ性能も素晴らしかった。ブレーキペダルを踏み込めば踏み込むほど、力強い減速Gが立ち上がった。連続周回でも性能が劣化することがないことにも驚かされた。限界アタックをいつまででも継続することができた。だからもう、これ以上の性能は必要ないのだろうとの結論を導いていた。だが新型は、さらにブレーキングフィールが鋭くなり、確実に止まるようになったのである。上には上があったのか…。あらためて感心させられた。いやはや、恐ろしい。

 コーナリングマナーは紳士的である。パワーがありながら、4輪駆動であることから激しくテールを流すことはない。ブレーキ姿勢も整っているから、ハンドルさえ直進を保っていれば正しく止まる。穏やかなドライブでも殺気は感じるものの、普段のドライブをもこなすのである。

 おそらくこの性能を必要としているのは、速度無制限の区間があるハイウェイ「アウトバーン」を持つドイツだけなのであろう。おそらく300km/h巡航を軽々とこなすに違いなく、そんな速度域に踏み込める道はドイツにしかないからである。

 それで合点がいった。さらに鋭さを増したブレーキ性能が必要な理由である。300km/hで巡航中に、突如としてスロー走行車両が紛れ込んできた時である。300km/hから瞬間的に100km/hまで減速するような、そんな場面のために必要なのだ。

 速く走るために制動力を強化した。速度を出すために止まることを意識したのだ。なるほど、世界にはとてつもない車が存在するものである。

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木下隆之(きのした・たかゆき)

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レーシングドライバー/自動車評論家
ブランドアドバイザー/ドライビングディレクター

東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。

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