【大変革期のモビリティ業界を読む】全国初!バスの“サブスク”…MaaSに新風を吹き込む新潟県湯沢町の挑戦

2021.7.26 06:00

 日本でMaaSがモビリティ業界のキーワードとして注目され始めて約3年が経つ。しかしマネタイズ(収益化)、持続可能は体制がつくれない、アプリを作ったが使ってもらえないなど、壁にぶち当たっている企業や地域が非常に多い。

 日本のMaaSの問題点

 このような中、スキーリゾートや温泉地として知られる新潟県湯沢町で日本のMaaSの課題を解決するヒントになるような取り組みが9月12日まで実施されている。ビジョンや持続可能な仕組みづくりから入り、路線バスとホテル送迎バスなどを組み合わせた全国初のバスのサブスクリプション、県内初の定額タクシー、ローカルバスタなどを組み合わせてMaaSレベル4を実現させようと挑戦している野心的な取り組みだ。

 MaaSは欧州発の輸入された概念で、デジタルテクノロジーを活用して、地域にある移動手段を総動員させたり、インフラの最適化を行ったりして、環境にやさしく安全で、クルマの運転ができなくても困らない持続可能な社会を実現するものだ。国、自治体、民間企業などが精力的に取り組んでいる。

 自動運転レベルのようにMaaSにもレベルがあり、5つのレベルに分けられる。

 ・レベル0(統合なし)

 ・レベル1(情報の統合)

 ・レベル2(予約、決済の統合)

 ・レベル3(サービス提供の統合)

 ・レベル4(政策の統合)

 MaaS推進者はより高いレベルに行こうと試行錯誤している。しかし、まだまだ日本ではレベル0が多く、最近ではレベル1、2、3が少しずつ出始めてきているが、実証実験で終わったり、辛口で言えば、観光客や住民が便利になったと実感を得たりするにはほど遠い状況にある。

 MaaSがうまくいってない理由は次の点ではないだろうか。

 ・組織体制も弱い、人材も不足

 ・自治体も交通事業者も財務状況が良くない

 ・移動サービスの質は高いが、交通の結節機能が弱い

 ・MaaSのスマホアプリやシステムを入れることが目的化

 欧州はデジタル化してもうまくいく素地がある

 欧州の公共交通は、地域全体の移動に関するビジョンをつくり、鉄道、バス、トラム、自転車シェアといった移動サービスの計画を立てて、民間企業に運行委託する形をとっている。過去に、乗り継ぐ際の運賃がかさむことなどから、クルマよりも魅力がなくなり利用者離れが起きた歴史などがある。そのため、一元化された運賃体系、相互に連携した路線やダイヤの構築を行う運輸連合など連携する体制をつくり、利便性の高い公共交通を実現している。

 一方、日本の公共交通は、民間の交通事業者の企業努力により保たれている。どこを走るか、いつ走るのか、どのように利用者に伝えるのかなどは、各社が決めている。日本でも近年では民間事業者に任せきりにするのではなく、地域の持続可能な公共交通の仕組みを作るため自治体が公共交通会議を開き、地域全体の移動サービスを調整するようになっていきている。

 しかし、自治体では職員は数年で変わり、公共交通を専門に担当する人も数人だ。民間企業各社は連携がうまくとれず、利用者にとって乗り場が分かりにくい、乗りやすい時刻表になっていない、赤字路線は廃線となり暮らしの移動に困るといった状況になっている。

 このように日本の各地域の実情に合った移動サービスを組み合わせて、住民や観光客の生活の質を向上させて、経済を活性化させるといった理想的な体制は築けていない。クルマの普及や近年では新型コロナウィスルの流行により利用者数を減らした鉄道やバス会社は、前向きな取り組みが難しく、やめたいと思っている会社も多い。

 欧州では、すでに一元的なビジョン、計画、運賃収受などができる組織体制があるので、デジタル化が進めやすく、利用者のコミュニケーションや販売チャネルとしてスマートフォンアプリを入れてもうまく機能する素地がある。一方、日本ではデジタル化を図る前に、地域での一元的なビジョンづくり、計画、利用料の受取り、さらにはさまざまな公共交通を乗り継ぐ際の乗り継ぎ拠点などのインフラ面も整備していかないといけない。もしかすると、導入や運用に費用がかかるデジタル化は必要ない場合すらある。

 まずビジョンと組織体制づくりから

 さて、湯沢町での取り組みの紹介に戻ろう。湯沢町は、これまで紹介してきた日本の問題点を踏まえた上で、組織体制、サービス、料金設定や受け取り方などを設計している。専門的な知識がなければ、気づかない工夫があり、他地域にも参考になる部分がたくさんある。

 まず日本では組織体制も弱い点に対して、欧州の運輸連合のような組織体制づくりにチャレンジしている。湯沢版MaaS推進協議会を湯沢町観光まちづくり機構(DMO)、新潟県、湯沢町でつくり、路線バスやホテル送迎バスを走らせている南越後観光、エンゼル観光、そしてタクシー協会と運行委託契約を結び、一元的なビジョン、計画、サービスの質の管理、料金設定や収受ができる体制を作った。これによりMaaSレベル4が実現しやすくなった。

 そして人材不足という点に対しては、MaaSプランナーを設けた。県や自治体職員の異動があり、公共交通事業者でも企画担当者する人がいないのであれば、それを補える人を連れてきて、ポジションを作ったらよいのではないかという発想で、MaaSプランナーは湯沢版MaaS推進協議会、MaaSオペレーター(チケットの販売代行など)、運行事業者に対して、MaaSの企画、改善策の提案、評価など頭脳的部分を担う。このようポジションは日本ではこれまでありそうでなかった。

 自治体も交通事業者も財務状況が良くないことを鑑みて、できるだけ費用のかからないように工夫している。もとからある路線バスを活用し、ホテル送迎バスと新設シャトルで補って毎時2から3本の利便性を確保している。

 ホテル送迎バスは湯沢版MaaS推進協議会が借り上げて運行委託とすることで、温泉やスキーの宿泊施設が各々でバスを保有し運行する負担を軽減させて、観光客の地域内の回遊性を向上させるとともに地域住民も使えるようにした。このように地域にすでにあった移動サービスの使い方を変えて、観光客にも住民に嬉しいように仕上げている。日本では、ホテル送迎バスの宿泊施設間の連携や住民への開放は、実はまだまだ進んでいない。

 インフラの最適化も必要

 公共交通の乗り継ぎがしにくい(交通の結節点が弱い)点に対して、乗り継ぎ拠点(トランジットセンター)を設けた。トランジットセンターを設けることにより、バスの運行頻度が高まり、他のバス路線への乗り継ぎがしやすくなり、タクシー、自転車シェアなどの他のサービスも利用しやすくなり、地域の移動サービスを総動員させやすくなった。また案内スタッフ、乗換情報などを置き、会話や飲食をしながら楽しく待てるようにも工夫している。国土交通省はMaaSを視野に入れたバスターミナルを作る施策を進めており、湯沢のトランジットセンターは小さく簡易だが、ローカルバスタといっても申し分ない。

 さらに、MaaSのスマホアプリやシステムを入れることが目的化しやすいことに対しては、思い切ってスマホアプリを作らず紙のチケットを販売することにしている。しかもシステム導入費用や乗務員の負担になるため、バス乗車券の車内販売もしない。MaaSの乗車券は2種類あり、バス乗り放題の乗車券と定額タクシー券だ。バスの乗り放題の乗車券の料金が、2日券500円、5日券1000円、1カ月券3000円で、定額タクシー券(エリア限定)が1週間券3000円、1カ月券8000円。

 MaaSの実証実験では、利用者集めが大変だ。日本の観光MaaSとして先駆的な取り組みを行っている静岡県伊豆半島のMaaSでも2020年11月16日から2021年3月31日に行ったフェーズ3の実証実験でも販売枚数は3647枚だった。それにもかかわらず、約2か月でバス乗車券の発行枚数は約2万枚になると予測を立てている。

 バス乗車券は、ホテル予約時に宿泊料金と利用者特典という形で吸収させ、地域住民も2日券、5日券、1カ月券も買おうかなと持っているなら乗ろうかなと思わせるような値付けや、地域住民や観光客が行きたいスーパーや観光施設の入り口の前に横付けする工夫をしていている。筆者は実証実験の開始日にバスに乗車したのでが、地域住民やホテル長期滞在者がどんどん乗り込んでくるので驚いた。

 この湯沢版MaaSの仕組みは、熱海や石垣島、宮古島などの離島、温泉地、城下町などで横展開も可能だろう。

 湯沢はスキーリゾートで有名で積雪が多い。雪の有無でサービスを変更していく必要がある地域だ。夏場の実証実験の後は、スキーリフト券などと組み合わせた湯沢冬版MaaSの登場など、MaaSに新しい風を吹き込んでくれることを期待している。

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楠田悦子(くすだ・えつこ)

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モビリティジャーナリスト

心豊かな暮らしと社会のための移動手段・サービスの高度化・多様化と環境を考える活動に取り組む。自動車新聞社のモビリティビジネス専門誌「LIGARE」創刊編集長を経て、2013年に独立。国土交通省のMaaS関連データ検討会、自転車の活用推進に向けた有識者会議、SIP第2期自動運転ピアレビュー委員会などの委員を歴任。編著に「移動貧困社会からの脱却:免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット」。

【大変革期のモビリティ業界を読む】はモビリティジャーナリストの楠田悦子さんがグローバルな視点で取材し、心豊かな暮らしと社会の実現を軸に価値観の変遷や生活者の潜在ニーズを発掘するコラムです。ビジネス戦略やサービス・技術、制度・政策などに役立つ情報を発信します。更新は原則第4月曜日。アーカイブはこちら

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