【北川信行の蹴球ノート】メッシ放出の舞台裏、バルセロナが「野望」を選んだ結果ではないか

2021.8.22 08:30

 サッカー界のスーパースター、アルゼンチン代表のリオネル・メッシ(34)が13歳のときから21年間過ごしたバルセロナ(スペイン)を離れ、パリ・サンジェルマン(フランス)に移籍した。今月8日に行われた記者会見では「残りたかったので非常に悲しい。このような形で別れを告げることは想像していなかった」と、妻のアントネラさんから手渡されたティッシュを手に、涙ながらに話した。なぜ、メッシは愛着あるクラブを去らなければならなかったのか。地元紙や英紙の報道から検証した。

 英紙ガーディアンなどによると、シーズンオフの休暇を高級リゾート地として知られるイビサ島で過ごしていたメッシがバルセロナに戻ってきたのは、クラブとの契約を延長するためだった。しかし、待っていたのはバルセロナの経営トップ、ジョアン・ラポルタ会長の「チームの年俸総額がスペインリーグが定めている上限を超えているため、契約できない」との言葉。厳しい現実を突き付けられて失望したメッシは「問題はすべて解決されたと思っていたのに、最後の最後にリーグの規定が原因で、思いがけないことが起こった」とうなだれた。

 背景にあったのは、ラポルタ会長も「予想よりもはるかに悪い」と認める、バルセロナの深刻な財政難。地元紙などの説明によると、スペインリーグは2013年、すべてのクラブは選手の年俸総額や移籍金による支出を歳入の70%以下に抑えなければならない-との変動型のサラリーキャップ制を導入。しかし、バルセロナは、かつて“銀河系”と称されたライバルのレアル・マドリード(スペイン)と同様に、世界中からスター選手をかき集め続け、年俸総額が規定を上回る事態に陥っていた。

 さらに、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、入場料などの収入が大幅に減少。その結果、最近の年俸総額は歳入の110%にまで達し、累積負債は12億ユーロ(約1550億円)を超えていたとされる。

 昨夏に退団の意向を表明するなど一時はクラブと「冷めた関係」にあったメッシ側も、こうしたクラブの懐具合を鑑みて大幅に譲歩。推定1億3800万ユーロ(約179億円)の年俸を半額にし、5年契約を結ぶ案などで事実上合意に達していたもようだが、リーグが“待った”をかける形で、正式契約に至らなかった。

 ラポルタ会長は記者会見で「クラブの財政状況の中で、メッシを残留させるために全力を尽くしたのに…」とリーグの横やりに恨み節。バルセロナのクラブとして「当事者同士が新しい契約に署名する明確な意図があるにもかかわらず、リーグの規制のためにかなわなかった。選手とクラブの希望が実現されないことを遺憾に思う」との声明を発表した。

 一方で、ラポルタ会長とバルセロナの経営判断を疑問視する声もある。スペインリーグは新たに欧州を本拠とする投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズからの27億ユーロ(約3500億円)にのぼる資金調達を承認したが、レアル・マドリードやバルセロナは反対を表明した。バルセロナにとっては、ファンドからの資金を受け入れればメッシ残留の可能性が高まっていたのにもかかわらず、反対したのは不可解-という意見だ。

 反対の理由は、資金を受け入れることで、スペインリーグの介入や締め付けが激しくなり、クラブとしての自由を失うことを嫌ったためではないかとみられている。世界有数のビッグクラブであるレアル・マドリードとバルセロナは今年4月に突如噴出したスーパーリーグ構想に参加を表明した主要メンバー。マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)やACミラン(イタリア)などがサポーターの激しい反発に遭って撤退する中、構想実現に強いこだわりを見せていた。

 7月には欧州の裁判所が欧州サッカー連盟(UEFA)による懲戒手続きなどの無効を決定。レアル・マドリードやバルセロナは「今後はUEFAの脅迫を受けることなく前進できる」との合同声明を出していた。トップチームに在籍した17シーズンで、欧州チャンピオンズリーグ(CL)優勝4度、国内リーグ制覇10度など数々のタイトルの原動力となったメッシの放出は、スーパーリーグ実現と天秤(てんびん)にかけ、バルセロナがクラブとしての野望を選んだ結果と言えるかもしれない。

 メッシの移籍先のパリ・サンジェルマンはカタールの王族と関係の深い富豪が会長を務める裕福なクラブとして知られる。ブラジル代表FWネイマール(29)、フランス代表FWエムバペ(22)らスター選手も抱える。11日にパリで記者会見したメッシは「チームメートと練習し、人生の新たな章を始めたい」と話した。

 一方、財政難のバルセロナはメッシ放出だけでは足りず、ジェラール・ピケ(34)やセルヒオ・ブスケツ(33)らの給与カットも迫られている。「禍福は糾える縄の如し」という。たもとを分かった両者の行く末はどうなるだろう。

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