広島県立広島第二中1年だった折免滋さん(当時13)は、爆心地から600メートルの市内の建物疎開作業現場で被爆した。母親のシゲコさんは、破壊された街を必死で捜索、9日早朝、滋さんの遺体と、遺体に抱えられた真っ黒に焼けた弁当箱と水筒を発見した(広島平和記念資料館収蔵資料「弁当箱」折免シゲコ氏寄贈)=2015年7月22日(奈須稔撮影)
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