【アートクルーズ】
会場に一歩足を踏み入れるやいなや、物量の嵐である。いや、これはデザイナーの展覧会なのではなかったか。ついそう思ってしまうのは、日本のデザイナーが往々にして慎(つつ)ましく、切り詰められた美意識を重んじ、自作を展示する機会を得ても並べるものを厳選し、ゆったりとした間をとって見せたがる傾向があるからだろう。ところが本展は、同じデザイナーでもその真逆を行く。ほとんど空間恐怖症的に、あらゆる類いのものが壁に貼られ、テーブルに置かれ、小部屋を埋め尽くしている。
しかし、混沌(こんとん)ではない。もともと祖父江慎(そぶえ・しん)はブック・デザイナーである。本は、私たちにとってごく身近な存在だけれども、実は極めて複雑な構造を持つ。折り込まれたページは、表面積にしたらコンパクトな本のサイズに比してとてつもない大きさになるだろう。カバーや帯、表紙や本文が刷られる紙はそれぞれ性質が異なり、インクの乗りもさまざまだ。しかも、思いのほか長い年月に耐えなければならない。ブック・デザイナーが、つねに数え切れないくらい多くの条件を束ねながら仕事を構想しなければならないのも、ある意味当然だ。