シリア内戦4年 ヨルダンに逃れた難民 命はあるけど「生きがい」がない

2015.3.13 11:45

 彼女は、料理用の小さなバーナーをヒーター代わりにした殺風景なアパートで、シリアから逃げてきたときのことを話してくれた。

 「ここにいては死んでしまう」。シリアを出る決心をしたのは、2年前の夏。親族の面倒を見る夫を残し、そばにあった洋服とあるだけのお金を持ち、小さな子供の手を引っ張って、国外へ出るバスが出ている停留所に向かった。妹とその子供たちも一緒だ。

 何キロ走っただろうか、川に着いた。バス停は向こう岸にある。子供を背負って、時にはのど元まで水がくる川をずぶぬれになって渡る。へとへとになって、ようやくバス亭にたどり着き、すし詰めのバスに無理やり乗り込んだ。通常なら長くても数日の道のりを、20日間かけてヨルダンとの国境にたどり着いた。その間、食べ物も飲み物も、ほとんどなかった。

 私は、ソファの代わりに立てかけられたマットレスに座って、ただ彼女の話を聞くことしかできなかった。

 4人の子供たちのうち3人は就学年齢だが、2人は、ここ1年学校に通っていない。定員いっぱいだったり、学校に行ってもシリアなまりが原因でいじめられたからだ。同じアパートに妹一家が暮らしているが、周りの誰を信用していいのか、誰に悩みを伝えればよいのか分からない。

 国際機関の支援で最低限の生活はできるが、働くことは許されていないし、ほぼ一日中、家から出ることはない。「何もすることがなくて、生きがいがない」と彼女は、困ったように、そして悲しそうに笑った。今日を生きるためには、水や食糧、寝る場所のほかに、「生きがい」がこんなにも大切なのだと痛感した。

 ≪「未来をつなぐため 勉強しています」≫

 一向に終わる気配のないシリア内戦は、3月でまる4年を迎える。難民となった人々の多くは、レバノン、ヨルダン、トルコなど周辺国へ逃れた。私が駐在するヨルダンでは、総人口の10人に1人がシリア難民だ。その約2割が難民キャンプで暮らし、約8割がヨルダンのコミュニティーに住む。難民の多くは女性や子供。難民登録している全体の34%程度が、就学年齢の子供たちである。ざっと数にして、20万人以上になる。

 難民の流入によってヨルダンの公立学校では子供の数が著しく増えている。通常は1クラス30人で多いほうだが、今は50人のクラスも見かける。また、授業を午前と午後の2部制に分け、授業を1コマ約30分に短縮して対応している。

 このような環境では、子供たちが十分に勉強することはできず、教員も子供たち一人一人に目を配る余裕がない。また、悲惨な光景を目の当たりにしたせいか、シリアから逃れてきた子供たちは、大きな音におびえたり、ナイフを振り回したりするという話も耳にする。そして、難民であるがゆえに、いじめにあったり差別されたりするケースも少なくない。

 ワールド・ビジョン・ジャパンは、ジャパン・プラットフォームと連携し、ヨルダンにある公立学校で補習授業を実施している。ヨルダン人、シリア人の子供たちを放課後に受け入れ、算数、アラビア語、英語の補習を行う。授業の終わりには、みんなでゲームやお絵かきをするレクリエーションの時間も設けている。また、保護者に対しては子供の保護の研修や話し合いの時間を設けている。

 事業を始めたばかりの頃は、注意力散漫な子、目を合わせたがらない子など実にいろいろな子供がいた。正直不安だった。

 ドキドキしながら数週間後にのぞいてみると、子供たちは先生の話を楽しそうに聞いていた。授業中に手を挙げる子も増え、教室からはガヤガヤとにぎやかな声や歌声が聞こえてくる。ホッとしながらも、こんなにも子供たちの顔つき、態度が変わるものなのかと驚いた。

 補習授業で、はじめて英語のアルファベットが全部言えるようになった。お友達とおしゃべりをして笑った。補習授業は、子供たちの小さな「できた」の積み重ねだ。その積み重ねが、子供たちのこわばった心をほぐしていったのだと思う。

 「あなたは今何の勉強をしていますか?」。英語の授業を訪問した同僚が、生徒の一人に質問した。彼はこう答えた。「僕は、自分の未来をつなぐための勉強をしています」

 子供たちが明日も、ワクワクして学校へ来られるように、未来へつなぐために。私はヨルダンで、子供たちから「生きがい」をもらって生きている。(文:ワールド・ビジョン・ジャパン 國吉美紗/撮影:ワールド・ビジョン・ジャパン/SANKEI EXPRESS)

 ■くによし・みさ 英マンチェスターメトロポリタン大政治学部卒業。大学在学中にWFP(国連世界食糧計画)にてインターン。2010年9月にワールド・ビジョン・ジャパン入団。南スーダン駐在を経て、14年5月からヨルダン駐在。

 ■ワールド・ビジョン・ジャパン キリスト教精神に基づいて開発援助、緊急人道支援、アドボカシー(市民社会や政府への働きかけ)を行う国際NGO。子供たちとその家族、そして彼らが暮らす地域社会とともに、貧困と不公正を克服する活動を行っている。www.worldvision.jp/

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